おしんによる弊害
「俺はおしんを見て育った。」
CA時代、一緒に働くクルーに何度これを言われたか分からない。
日本のドラマの、おしん。
あれがどうも色んな国で繰り返し放送されているらしい。
私は名前だけ知ってる程度で、一度も観たことがない。調べてみたら日本では1983年に放送されていたとのこと。全然生まれてないわ。そら知らん。
「日本人やんな?おしん!何回も観た!!」
特にモロッコ人やエジプト人クルーと働くと言われることが多かった。
知らんねん、なんかごめんな... ってなるやつ。
日本人って言うとかなり高めなテンションで、マニアックなアニメの話されるのと同じ感じ。ごめん、さっきから何言うてるから全然分からんねん... ってなるやつ。
これをまさかおしんでも経験するとは。
これはCAの仕事にも慣れ、おしん知らなくてごめんね現象にも慣れ始めた頃のおはなし。
わりとヤバめなエジプト人の新人クルーと一緒に飛んだ。
新人の時は右も左も分からないことは当然で、そこはもちろん理解している。
その子は床を拭いた物で、食べ物置く部分を拭こうとしちゃう系の抜け具合だった。
そして次これやってね、これはこうやってやるよ、って仕事を教えていると、
「これはトレーニングで習ってない」
「こんなことトレーニングの時にやれって言われてない」
「こんな内容はトレーニングのマニュアルに書かれてない」
逐一これが返ってきた。
俺の価値観はトレーニングが全て男。
おい口動かす前にまず手ぇ動かせや。
という言葉が喉も通り過ぎて前歯の裏ぐらいまで35回くらい押し寄せてきてたけどそれも全て飲み込んで、怒らずに一つひとつ説明していた。目は死んでたかもしれないが。
からの、
「トレーニングでやれって言われてないからこれはやらない。」
トレーニングで習ったことに従うだけで全ての仕事が進むとほんまに思ってたんか?ほんならお前は胡散臭い恋愛の教科書みたいなん読んでそれにだけ従って意中の人百発百中で落とせるんか?????ああん???
とは言わずに、ここもぐっと堪えて、堪えに堪えまくって、トレーニングでは時間がなかったと思うけど、これをしないとこんな事が起こるからこうこうこうで、○*¥%⭐︎△〒… だから必要なんよ。
と、逐一説明。
最初のサービスが終わり、片付けも終わり、やっと少し落ち着いた時。
「日本人なんだよね?」
と彼が話しかけてきた。
うん、と答えると、
「僕は小さい時からおしんを見てたんだよね。」
あーでたでたこのパターンね、
「今日初めて日本人と関わったんだけど、君はおしんとはあまりにも違いすぎる。」
え、このパターンは知らん。
今も鮮明に思い出せる。
彼は頭を抱える仕草を見せながらこう言った。
「日本人女性は我慢強くておしとやかで、一歩引いてる美しさがあると思ってたのに。全然違う。イメージと違いすぎてショックを受けてる。」
しばきたい気持ちを抑え続けて、ご丁寧にご説明させていただきながら耐え抜いた結果がこれですね。ああそうですか。分かりました。
「おしんはこんな動物園みたいなところで働かへんわ!!!」(おしん全然知らんけど。)
さすがに言うた。直ちにおしんが放送停止されることを心から望んだ。
これ以来、
「俺はおしんを見て育った」発言に対しては
「私は日本人やけど、全っっっ然おしんじゃないよ!」
と予防線を張ることにした。
以上、知らん国で放送されてる知らんドラマの知らん女と勝手に比べられて勝手に絶望されるという、おしんによる弊害でした。