臨床医のための統計的手法へのアプローチ: Win Ratio, Restricted Survival Time, Responder Analyses, Standardized Mean Differences (JGIM, 2023)
Journal of General Internal Medicineより
Win Ratio
症例
72歳男性、HFpEF (EF 60%)の増悪で最近入院となった方を担当した。
あなたはサクビトリルバルサルタンナトリウム水和物 (商品名:エンレスト)のエビデンスが出てきていることを知った。
背景
大規模な心血管系の臨床試験はよく複合エンドポイントを用いて生存解析を行っている。この方法の限界は、複数のエンドポイントをすべて同列に扱っていることである(例:死亡、虚血性心疾患の発症、脳卒中の発症、心不全による入院の複合アウトカム)。追跡期間中に脳卒中を起こしてから死亡する人は、脳卒中を起こした時点で打ち切られ、死亡というアウトカムが発生しないことになる。Win Ratioはこの限界に対処するために導入された。
Win ratioの説明
Win ratioは複合エンドポイントを考えるうえで一つ一つのエンドポイントに優先順位をつける統計的アプローチである。最も単純なプロセスは
臨床的な優先度をもとに、階層的な複合アウトカムを決める。
例:
1位 心血管死までの時間
2位 心不全入院の数とタイミング
3位 心不全による緊急受診の数とタイミング介入群のそれぞれの患者 (Ni=1, 2, … i, …, Ni)を対照群のそれぞれの患者(Nc=1, 2, …, c, …, Ni)と比較する。比較のペアの総数= Ni × Nc
それぞれのペアにおいて、下記の要領で勝敗を決定する
a. 介入群のiさんと対照群のcさんにおいて、1位のアウトカムで違いがあればその時点で勝敗が決定する
b. 介入群のiさんと対照群のcさんにおいて、1位のアウトカムに違いがみられなければ、引き分けとして次のアウトカム(2位のアウトカム)の比較に進む
c. 比較は勝敗が決定するまでアウトカムの階層を下げて(1位→2位→3位…)継続する
d. 介入群と対照群のすべてのペアで勝敗を決める介入群の合計の勝利数と対照群の合計の勝利数の割合を比較する (Win Ratio)
利点
複合アウトカムに強弱をつけることができる。背景の例だと薬Aと薬Bでどちらも脳卒中を同じタイミングで発症したとしても、その後死亡までの時間がAの方が長ければ、Aを勝利とすることができる。
また、異なる種類のアウトカム(例:カテゴリー変数、連続変数、time-to-eventの変数)を同時に扱うことができる。
欠点
優先順位をつけたとしても、例えばほとんどの勝敗が4番目に優先したアウトカムで決定するということはありうる。(例:1位、2位、3位のアウトカムがほとんど引き分けだった場合)このような場合、1位のアウトカムで差があるかどうかは不確実性が残る。複合アウトカムにおいて、個別のアウトカムで意味がある結果かどうかを吟味する必要があるのは、Win Ratioを用いた解析でも変わらない。
優先順位は臨床家によって順位付けが異なるかもしれない。研究者は解析後に都合のよいように順番を入れ替えることができるため、アウトカムの優先順位は事前に決めておくべきである。
また、新しい手法なので効果量の解釈が定まっていない。
最後に、従来の手法とWin Ratioを用いた解析ではほぼ結果が同一であり、Win Ratioを用いることの明確な利益を示すことができていない。
症例に戻って
72歳男性、HFpEF (EF 60%)の増悪で最近入院となった方を担当した。
あなたはサクビトリルバルサルタンナトリウム水和物 (商品名:エンレスト)のエビデンスが出てきていることを知った。
→PARAGLIDE-HF試験 (JACC, 2023)ではWin Ratioの解析でもサクビトリルバルサルタンナトリウム水和物 (商品名:エンレスト)の優位性を示せなかった。患者さんと共同意思決定をする必要がある。
Restricted Mean Survival Time
症例
僧帽弁の生体弁置換術後の方を診察する機会があった。彼はリバロキサバンを内服していた。これを支持するエビデンスはあるだろうか。
RIVER trial (NEJM, 2020)は僧帽弁の生体弁置換術後で心房細動のある方に対するリバロキサバンのワルファリンに対する非劣性試験である。アウトカムは死亡、脳卒中、TIA、全身の塞栓症、弁の塞栓、心不全による入院、12か月での大出血の複合アウトカムであり、Restricted Mean Survival Time (RMST) を用いて解析した。
結果
リバロキサバン 平均 347.5日
ワルファリン 平均 340.1日
平均の差 7.4日 (-1.4 days to 16.3 days)
RMSTの説明
長期間の薬剤の臨床試験ではよく死亡などの二値アウトカムを用いて生存解析を行う。このときlost-to-follow-upは打ち切りとしている。ハザード比とCox回帰が良く用いられる。
しかし、Cox回帰はハザード比が時間経過を通じて一定であるという仮定を置いている (proportional hazard assumption)。この仮定が違反しているとき(カプランマイヤー曲線が交差するときなどでは視覚的に示される)は別の手法による解析が必要である。
RMSTはある決められた時間までのカプランマイヤー曲線の下の面積を表す。ΔRMSTは両群でのRMSTの差(2つのカプランマイヤー曲線と決められた時間の縦軸で囲まれた部分の面積)であり、アウトカムが発生しない時間の差を表している。
利点
・ハザード比が常に一定であるという仮定を必要としない。
欠点
・試験の期間(「決められた時間」の設定)によって臨床的な意味が左右される。
・試験の期間の適切な設定が難しいときがある。
症例に戻って
RIVER trialでは12か月に区切ったRMSTで分析された。
別のINVICTUS trial (NEJM, 2022)では 54か月に区切ったRMSTで分析され、12か月を超えたころからカプランマイヤー曲線が交差し、リバロキサバンが劣性となった。
このため、リバロキサバンの長期的な安全性に対する不確実性が残る結果となった。
→長期的な安全性・有効性に関するさらなる議論が必要
Responder analyses
症例
うつ病で4つの異なる抗うつ薬を使用しても効果がない人がいた。
ケタミンが有効な治療の選択肢となるかどうか思案している。
背景
うつのスケールや痛みのスケールは連続変数のアウトカムであり、(介入後の)介入群と対照群の平均値の差として報告されることがよくある。
しかし、ベースラインのスコアや治療への反応のばらつきから、グループ間のスコアの平均の差を個別の患者において解釈することが難しいことがある。また、スケールや尺度がさまざま用いられるのを標準化する必要がある。
Responder analysesの説明
Responder analysesとはある時点で治療に反応した参加者の割合を分析する方法である。「治療への反応」のカットオフはMinimal Important Difference (MID)や、MID以外の定義(例:ベースラインからの50%の低下)が用いられる。
*うつ病に対するケタミンのCochrane review
ケタミン 36%, placebo 9%がrespond →NNT 4に相当
利点
患者さんがどれくらい介入へ反応するかの可能性を推定する
=臨床的に結果を解釈しやすい
患者さんにとっても理解しやすいため、共同意思決定にも役立つ
欠点
・「治療への反応」の定義として定まったものがないため、研究者が恣意的に決めている。→必ずしも臨床的に有意義ではない定義になっていることもある。
・Responder Analysisで得られた推定値は、自然経過やplacebo効果、交絡の影響も含んでいる可能性がある。
・連続変数を二値化しているので、臨床的に有意義な情報をそぎ落としている可能性がある。検出力も低下する。
Standardized Mean Differences
SMD = (intervention change - comparator change)/ standard deviation
データのばらつきも考慮できる。
Cohenは
SMD 0.2-0.5 small effect, 0.5-0.8 moderate effect, >0.8 large effectとした。しかし、この閾値を支持するエビデンスは乏しく、臨床的判断をもとに解釈する必要がある。
さきほどのコクランレビューでは全体として SMD -0.87 (-1.26 to -0.48)だった。
利点
異なる連続変数のスケールをメタアナリシスするための方法である。
欠点
・SMDの主要な仮定は、研究間の標準偏差の違いはアウトカムの測定方法の違いのみが原因としていることである。実際にはデザインや参加者集団、治療効果の違いも標準偏差に影響を与えうる。例えば、2つの研究が同じアウトカムの測定方法であり、結果として介入群と対照群が同じ平均値の差を示したとしても、片方の研究で標準偏差が大きくもう片方で標準偏差が小さかったとしたら、SMDは前者で小さくなる。=効果が同じでもSMDが小さく見えてしまう。
・Cohenの例はあるものの、SMDの解釈が難しい。SDをかけて元のスコアの差に計算しなおすことで解釈性を高める工夫ができる。
感想
・Win Ratioは大学院のJournal Clubでも扱われたことがある。心血管系薬剤の臨床試験の結果を解釈するうえで重要性が増すと思われる。やっていることは単純なので理解はしやすかった。
・Restricted Mean Survival Timeは初めて知った。生存解析の比例ハザード性の仮定を前提としない分析という利点を知った。以前まで使われていた手法の欠点から新しい手法が生まれるので、常に歴史や成り立ちから理解しておくことは大事だなと思った。
・Responder analyes, SMDは連続変数のアウトカムを解釈するうえで欠かせない。自分も素養を身に着けようと思った。