見出し画像

ロングツーリングの記憶ー10 生きて辿り着いた、という体験

文章でロングツーリングの心の風景を書く試み。
noteでGo To トラベルですねん。noteでゴーツーだと、自粛しなくてええのである。すぐれものやね。キャンセルしたところで手数料もありませんねん。


さて。


ある年の5月連休、神奈川を出発して、雪景色の北海道を走り続けた私は、とうとう宗谷岬まで辿り着いたのでした。

これまでのお話はマガジンにあるのです。でけでん。


*   *   *


朝、目が覚め天井を見る。
蛍光灯の紐がまっすぐぶら下がっている。
耳にはまだ雨の音が聞こえる。
変に緊張して走ったからだろう
首筋から肩にかけて、寝違えたように痛い。

昨日の午後、宗谷岬からの折り返し。

昔走ったオロロンラインを南下して
留萌から内陸へ入ることに決めた。

できるだけ早い時間に帰りたい。
夜、どれほど気温が下がり、凍結してしまうのか。
なんの情報もない。


途中から雲が出て気持ちは焦るものの
なかなか前に進まない。
北海道は大きい。

留萌まで来て、日が暮れた。
そして空は
日射しの代わりに雨を寄越した。


そこから国道233号を死ぬような思いで走った。
山あいを深川の方へ向かって。
路肩には雪。

ライトの照らす先だけはぼうっと白い。
灯りも家も無く、すれ違う車もいない。
道が続いていることだけが頼りだ。

雨が強くなり辺り一面霧に包まれる。
速度は上がらない。
体感温度はどんどん下がる。
ヘルメットの中も曇った。
昼どきの平地は4度だった。
今、何度だろう。

バイクのライトはかろうじて
数メートル先のセンターラインを照らしている。
闇と霧に呑まれていく心許なさが
胸の底から湧いてくる。

突然信号が現れ
急ブレーキで転倒しそうになる。
もしかして凍り始めているのだろうか。

視界は利かない。
雨は降る。
時間は過ぎる。
気温は下がる。

路面凍結のリスクと
経験のない孤独感に
体も心もこわばらせて
1キロ2キロと進んだ。
バイクのトリップメーターが
早く回らないかと念じながら。

まだ雨だ。
みぞれにも雪にもなっていない。
大丈夫、まだ凍ってない。
自分に言い聞かせることしかできない。

当時は沼田までしか自動車道はなかった。
留萌から30キロちょっと、
その灯りが見えたとき
「生還した」という心地さえした。

しかし
そこからまだ凍結におびえて
しばらく走らなければならなかった。

車の行き来があるだけで安心感は違う。
安心するといっても
バイクはスタッドレスなんか履いていない。

布団の中で記憶を辿ってもぞっとする。
たまたま走り続けられて、生きている…。



「あー、昨日はほんとに参った」
と天井を向いたまま声を出す。

「いつまでも寝てないで起きなさい。
しっかしよく来たなあ。
雨でしばれてきたんでないかい」

祖父母は
思いがけず訪れた孫を快く迎えてくれた。
朝ごはんのにおいがする。
まるで民宿だ。
布団から起き上がると
筋肉痛に全身がきしみ顔がゆがむ。

「若いんだからしっかりしろ! ほれ! 若者!」
祖父の声が飛んできた。
ここは民宿ではなかった。

外は雨。昨日の続きか。
山はけむっている。
テレビを見ると本州は晴れているようだ。

朝ごはんの膳についた。
お尻も背中もおかしなくらいに痛い。
ゆっくりと、しかし全力で茶碗のご飯を海苔で巻きながら
今夜のフェリーに乗って青森に渡ろうと思った。


「今日は雨だ、雨。危ないからうちにいろ。」
祖父はそう言う。
祖母は黙ってにこにこしている。
私は窓から陰気な雲の流れを眺めている。

本州は晴れているのか。


新緑の中を走るバイクを思い浮かべようとしたけれど
昨日の今日では
リアリティのある想像にはならなかった。


最後までご覧下さいましてありがとうございます。またお越しくださるとうれしく思います。