ロングツーリングの記憶−19 越後山脈の眺め
文章でロングツーリングの心の風景を書く試み。
次回はとうとう?、やっと?、帰宅します。
ある年の5月連休、神奈川を出発して、
宗谷岬を経て走り続けた私は、
青森、秋田、山形とつないで、新潟へ。
これまでのロングツーリング履歴はこちらから。
* * *
何日も走り続けて
よく走った、という気持ちと
まだまだ走れる、という気持ちと。
いままで走ってきた道のりを思い出す。
景色に飽きたらバイクを路肩に停め
縁石に腰掛けて、ただ右側に目を遣る。
すぐそこまで、ずっと走り続けてきた。
一筆書きみたいなものだ。
商用車が、こちらを見ながら通り過ぎる。
車からみえる春先のライダー。地元のナンバーでもなく。
面白くもなさそうな顔で車のむこう、道のむこうを見ている。
わたしは目に映る何を見ているわけでもない。
これまで自分の走ってきた軌跡をあたまのなかで描いて
それを現実に見える景色へ投影しているのだ。
しばらくそうやったあとタンクバッグの地図を眺めて
自分のたどってきた道をもう一度思い出す。
いま、軌跡の途切れる先端にいて、ここからどこへ向かおう。
弘前城も満開の桜だった。
たくさんのりんごを売っていてとても賑やかだった。
りんごのにおい。りんごのいろ。売る人の声。集まる人の活気。
そこから
岩木山の南側を西へ走った。
弘前城の賑わいが嘘のように思えた。
この時期、
昼間だけに感じられるやわらかにほどけた春の空気があった。
わたしは土地のことを何も知らないまま走り続けて
ただ自分の感覚を頼りに進んでは戻り、走っては引き返して
少しずつ「春先に走るというのはどういうことか」
をわかり始めていた。
走ろうと思っていた道へハンドルを切って進むものの
結局は冬季通行止で幹線道路へ戻ってくるのだった。
そのまま幹線ばかり走って南下するのも味気ない、と思いつつ
そうせざるを得ない場面に何度もあたってきた。
思い通りのルートを走っていてもそうでなくても
ヘルメットを脱いで面白くなさそうな顔で地図を眺めた。
何日も走り続けていることで
地図上の距離と、そこまでかかる時間の見積もりが
ぴったり合うようになっている。
今日はまだ走ったことのない新潟県。
どれくらいの雪が残っているだろう。
新潟県の国道459号から国道49号へむけて、
阿賀野川に沿って西へ走り続けている。
川は雪解け水を音もなく海へ運んでいる。
ごうごうと鳴っていれば迫力も感じられるけれど
音のしない濁った茶色は大蛇がぬめりうねっているようで
無愛想な地面がそのまま前へ前へ滑っていくようでもあった。
目の前にそびえる山々は黒雲に覆われ稲光を発していた。
ああ、また雨か。
私は天気の変化に動じることもなくなっていた。
どこで雨具を出そうかと思いながら
山の間を抜けて越後山脈の西側を魚沼まで来れば
真っ黒だった空の蓋が開いた。
青空から春風が吹き込んできた。
ついさっきまで、
大蛇のような川に沿ったかと思えば、
真っ黒く険しい山に稲光を見ながら走っていたのに。
鬼ヶ島もかくや、と思わせる不穏な景色だったのに。
書割の場面転換でも、こう上手くはいかないだろう。
青空のした
冠雪していることで越後山脈の険しさが際立つ。
空の青さと山の青さに目をひかれる。
日なたは暖かいけれど
空気はやはり、身を引き締める感じがする。
私が休憩したのは酒蔵の近くにある駐車場。
桜の木が一本、花を咲かせているのに目が留まって
少しここで過ごそうと思った。
まだ残る雪を、脇へ除けている。
その小さな雪山の上に
建屋の庇から融けた雪がしずくとなって落ちてくる。
私はしずくの落ちる先を
ぼんやり眺めてその音に耳を澄ませる。
ひとひと、ではない。
ひたひた、だろうか、
ぴとぴと、少し近い。
ぴたぴた、でもない。
ぽとぽと、にも近い。
ぽたぽた、ありきたりだが少し違う。
その音は早春の冷たさを感じさせる。
雪は融けて
アスファルトの上に
いくつもの黒い筋を作って側溝へ流れていく。
その道筋はさまざまあるけれど
すべて側溝へつながっている。
側溝の水は勢いよく流れていく。
その音は季節が冬から目を覚ました合図のようでもあった。
私のうちに抱えるわだかまりも
解けて流れていかないだろうか。
しずくを集めて
ざぶざぶごうごうと
その流れのなかへわだかまりも投げ込んで。
私は花を咲かせた桜の下で
青い空と山をうしろに背負って
アスファルトを眺めている。
神奈川から宗谷岬まで行き着き
そこからここまで走り続けるあいだ、
季節を行ったり来たり
ヘルメットの内側と外側を行ったり来たりしてきた。
それから、今と過去との間も。
そろそろ行こう。
もう少し新潟の道を走って
豊田飯山から高速道路に乗れば
神奈川までは慣れたものだ。
豊田飯山の南隣、信州中野までは
私にとっての日帰りエリア。
それなりに知ったところまで戻ってきた。
半分は、帰った気持ちになっている。
最後までご覧下さいましてありがとうございます。またお越しくださるとうれしく思います。