雨が降ってるんやそうです
窓しめましてね、今。雨いいますとむかしなんかは……、のっけから「むかしなんか」いうて、そないな言い回しすることじたいがどうも違う世界にいてるような気がしますわな。せやかてそない言わな話が前へ進みませんから言うんですが、むかしで梅雨なんていうのはしとしと降って、ああ今年もこの季節がきたなあ思たもんでしてね、ご近所も静かで何や時が止まったみたいな感じがしまして、ええ、外歩くひとなんて一人もいてませんでしょ、そんでしとしというか、さーっと音がするんかせえへんのかわからんくらいの雨が降って、風がふいたら雨もそれにつられてゆらゆら揺られていくようなそんな情緒がありましたわな。そういうところに紫陽花が咲いてまっしゃろ。せやから映えるんでしょうな、あの色が。あおあおとした新緑のなかに、青や紫のぼんぼりみたいなんがね、ああいうのは他の季節にないでしょ。紫陽花がたとえば春に咲くのはちょっとねえ、そしたら秋に咲かせましょかいうとこれもまた違う、冬なんて色がぜんぜん合わへん。そうなりますとやっぱり紫陽花いうのんは梅雨の時期なんですな。あの菖蒲いうやつも五月に咲きますが、いろんなもんがぐぐっと成長する時期にはああいう色がふさわしいんでしょうかな、藤も紫色ですわな。それはそれとして、雨の日ぃね、昼間なんか用事で外へ出ますでしょ。傘さしてご近所さんがたまたま郵便受けなんか確かめにちょっと出て来はって。そういうところやと「この頃はうっとおしいですねぇ」「ほんまですねぇ、蒸し蒸しして」とかやりとりしたもんですわな。そうやって自分がいてる季節を確かめてるんかもわかりませんけどね。月ごと季節ごとにおんなじ時間でもあいさつが違いますわな。「そろそろ衣替えですねぇ」「この頃暑なりまして」「日ぃ長なりましたなぁ」「ちょっと朝晩は過ごしやすなりまして」。そんなこと言わんようなりましたな。このところ通り雨とか夕立とかいう言葉も誰も使わんなりまして、ああいった言葉たちはいったいどこで暮らしてるんかいなあ思いましてね。この頃はそういうのもどういう言い方するんか知らんもんで、雨が降ってるんやそうです、いうて他の言い方がわかりませんねん。ザーザー本降りなんか、しとしと梅雨らしく降るんか、まあこの頃の梅雨がどないなもんか知りませんが、それかバラバラと雨粒が落ちてくるんかもしれんでしょ、音もない霧雨なんかもありますわな、そういうことも言わんなったんでね。ものも書かんようなりましたらだんだん使える言葉も少のうなりまして、頭がはたらかんのかもわかりませんわ、頭はたらかんだけやったらまだええんですけどね、ちょっとした言葉使うても、まわりが理解できませんでしょ。こっちがしゃべってもぽかーんされたら、なんか言うたほうが間の抜けた感じになりましてね、そないなりますとこちらも遠慮してあんまりしゃべらんなりますやろ、ますますあかんようなりますねん。今ちょっと窓あけましてんけどね、空気は湿ってますけどちょっとひんやりしてきて、ああ、雨降ってますわ。雨もええもんですけど、これもほどほどなんでしょうねぇ。