小袋成彬『Piercing』に寄せて
はじめに
リリースされてから既に1ヶ月以上が経ちますが、小袋成彬のセカンド・アルバム『Piercing』はここ数年の音楽シーンで最高の作品だと思っています。
アルバムを初めて聴いてすぐに、とてつもない感動と多幸感に包まれました。
同時に、その気持ちを何かに記しておきたいと強く感じました。
備忘録としてnoteを始めましたが、この作品についての記事を書きたいがために開設まで至ったと言えます。いえ、間違いなくそのためだけです。笑
それだけの感動と喜びを、この作品に感じました。
僕はFrank Oceanというアーティストの大ファンなのですが、『Piercing』を聴いていてふと思い浮かんだのが、そのFrank Oceanの『channelORANGE』という数年前の大名盤でした。
音楽的なことや理屈ではなく、感覚でそう思いました。
その感覚を言葉にするのは難しいのですが、なんとか捻り出すなら、どちらの作品も「一音一音が耳から入って、全身に染み渡る」イメージでしょうか。
繊細でいて、どこまでも広がっていきそうな音の広がりとスケール感。懐かしさと新しさ。
それらに、ただただ圧倒されました。
令和元年、時代が移ろう年の瀬に、手放しで称賛したくなる名盤が世に出たことに、音楽を愛する1人として言葉にしがたい喜びを感じました。
音楽的な実験性、普遍性、ポップスとしての完成度、それらを両立させている楽曲群。全曲通したアルバムとしてのクオリティ。
どれを取っても、このアルバムは文句の付けようがありません。
以前小袋さんは「オルタナR&Bにはもう興味がない」といった趣の話をされていましたのでいささか失礼かもしれませんが、これはジャパニーズ・ポップスの金字塔となるべき作品であり、オルタナティブ・R&Bの大傑作だと自信を持って言いきれます。
そして同時にジャンルの枠に当てはめるのもナンセンスな程、この作品はあらゆる音楽性を内包しており、純粋に作品として本当に偉大な産物だと思います。
音楽を評論したり言葉で伝えることは、ある意味では陳腐で、素晴らしい作品であればあるほどにより滑稽になってしまうと考えています。
それでも、1人でも多くの誰かに、あなたに、この作品を知ってほしい。
ただその一心で、文章を綴ります。
評論家でもライターでもない、無名のしがない音楽ファンの偏見に溢れた感想文ということは大前提として、できるだけ僕が感じた大きな感動を伝えられるように、僭越ながら作品について書かせて頂きたいと思います。
2019年の小袋成彬
そもそも、昨年の小袋さんの仕事(全て把握できているかは分かりませんが)は、どれもとてつもないクオリティでした。
宇多田ヒカルのアルバムでの客演と、鮮烈なファーストアルバムをきっかけに彼を追い始めた僕にとって、昨年はめまぐるしく驚かされ続けた1年でした。
こちらが2018年リリースのソロデビューアルバム『分離派の夏』のリード曲です。
他にも宇多田ヒカルを客演に迎えた『Lonely One』など名曲揃いですが、なかでも個人的に『Daydreaming in Guam』という曲がめちゃめちゃ好きです。
昨年の小袋さん絡みの作品でまず、恐らく最も世間的に話題になったのはCM曲として作られたこの曲だと思います。
テレビでもよく流れていました。
RIRIとKANDYTOWNのKEIJUをフィーチャーし、小袋さんは楽曲のプロデュースに専念していますが、新しいポップスの匂いをふんだんに感じる仕上がりです。
歌い手それぞれの魅力も存分に引き出しています。
それから、OKAMOTO'Sのリミックスとしてリリースされたこちらの曲。
OKAMOTO'Sによるロックサウンドをフックとしたビート。
そこにKANDYTOWNからGottz、MALLBOYZのTohji、Shurkn Pap(シュリケンパップ)ら今旬な若手のMC達がラップを乗せています。
小袋さんもTohjiのバース前にファルセットボイスで歌ってます。そこは少し面白さもありつつ、全体的にはオルタナティブロックのインディーなムードと今のhiphopらしいトラップ感が融合されたクールな曲に仕上がってます。
そして個人的に圧巻だったのが、The fin.とのこちらの曲です。
この楽曲もThe fin.の良さを引き出しながら、新しいポップスに昇華していてセンスを感じずにはいられないです。クールすぎます。
他にもchelmicoやadieuへの楽曲提供などもありました。言うまでもなくこれらも素晴らしいです。
小袋さんはソロデビューの以前から、豪華な顔触れのアーティスト達の作品にプロデュースをはじめ色々な形で関わっています。
それを考えたら今更言うまでもないんですが、彼はアーティストの個性を魅力的に引き出すことに長けているだけでなく、彼が関わらなければ生まれなかったであろうエッセンスを加えた新しいポップスの形を常に提示していると思います。
小袋成彬『Piercing』
少し話題が逸れましたが、ここから改めてセカンドアルバム『Piercing』に話を戻します。
まず、このアルバムは現在配信のみのリリースですが、興味を持った方は1度は頭から通して聴いてみてほしいです。できればヘッドフォンで。イヤフォンで。できる限りの音と環境で。
楽曲同士が繋がりを持ち、全体の流れを考えて作られているというのは世の中の概ねのアルバム作品に言える事だとは思います。
ただ、このアルバムは特にそれを前提として作られている色が強い性質を持っており、本質を知るためにも、是非通して聴く事を推奨します。
作品を聴く以上に良さを伝える手段は無いので(笑)、僕が駄文を連ねる価値は正直ないかもしれませんが、簡単ながらも1曲ずつ紹介してみます。
M-1 Night Out
序曲から、一気にその世界観へ引きずり込まれます。
-俺も泣いてた 二人で決めた
あの時キレなきゃ俺は死んでた-
冒頭の少ない音の上でこの一節が歌いあげられた時、背筋がゾクゾクしました。
名盤と呼ばれるアルバムの多くがそうであるように、再生して最初の数十秒で「何かとんでもないこと」が起こりそうな、素敵な予感に包まれます。
M-2 Night Out 2
M-1『Night Out』で謳われた恋人との別れを男性目線で綴っていましたが、女性目線の言葉と思われる詞がそのまま女性によって、1節だけ歌われます。
短い曲ですが、コーラスワークが絶妙です。
M-3 Turn Back
再びここから男性側目線に戻ります。
別れから少し時間が経ち、ここから少しの後悔と戻れない葛藤が描かれていきます。
美しいファルセットで盛り上がってきたところで一転、ミドルテンポのビートへ転調する部分は最高に気持ち良いです。
ここまで聴いた時に、僕のアルバムへの期待は確信へ変わり、これは通して聴かなくてはいけない作品だと覚悟しました。
M-4 Bye
前作『分離派の夏』でも見られたフィールドレコーディングのような雑談の音をバックに坂本慎太郎よろしく、合唱曲のような大きく懐かしいメロディが印象的な曲です。
-分かり合えば分かり合うほど分からないことばかり 僕はいつも僕らしさを君にあずけている
(中略)
でもいいや さよならが言えるだけ幸せよ-
M-5 New Kids
また一転、クラシックなピアノの音をイントロに、Kenn Igbiを客演に迎えた一曲に雪崩れ込んでいきます。
イントロのメロディをリフレインにKenn Igbiさんの感情を揺さぶる歌声から小袋さんの軽快なラップ調の歌唱へ繋がっていくこの曲は、サブスクのプレイリスト等にも多数ピックされている、アルバム中盤を支えるリードトラック的な曲です。
Kenn Igbi氏はサブスクリプションサービスをきっかけに、小袋さんが出会ったUSインディで活動するシンガーだそうです。めちゃめちゃ良い味を出しています。
小袋さんのラップも最高です。独創的なフローと真骨頂の歌声が織り混ざって心地よい耳障りが癖になります。
前述の通り、小袋さんが客演を迎えたりプロデュースしている全作品に言えることですが、他者の良さを引き出す能力の高さはやはりとてつもないなと感慨しました。
もちろん、彼自信のアーティストの才によるところも大きいと思います。
M-6 In The End
メロの感傷的な言葉から少しずつフックとなるメロディ、
-終わりがある 話をしよう-
この部分がフェードインしてくる構造は、言ってしまうと最高にエモく、頭から聴いているとこの曲を聴く頃には、もうアルバムの虜になっているはずです。
M-7 Snug
前曲のメロディをリフレインに次曲へ繋がっていくインタールード(間奏曲)です。
歌詞の部分でここまで、別れをきっかけに悲しみと葛藤を移ろってきましたが、ここで精神的な意味での本当の「別れ」「終わり」にたどり着き、そこから冷静に前を向きはじめる心情が言葉とサウンドで描かれていきます。
M-8 Three Days Girl
軽快なリズムとポジティブなムードを感じる楽曲です。
爽やかな曲調から、ここまでの葛藤から抜け出したようにも思えますが、曲名の通り別の異性と関係を持ってはみるののの意識の外で引きずっていて上手くいかない様子が伺えます。
から元気のような感じでしょうか。切なさを残した軽快さがグッと来ます。
アルバムの中でも個人的に好きな曲です。
M-9 Down The Line
前曲から一転、アルバム中最もと言っていいほど暗いトーンから始まります。
中盤からムードが変わり、ここまで描写されてきた感情の揺れ動きからの解放感とカタルシスに誘われます。
間奏のパートで前曲のメロディがなぞられる部分には、鳥肌が立ちました。
M-10 Tohji's Track
今最も旬な若手ラッパーの1人であるTohjiがフィーチャーされた曲です。
『Piercing』はここまでトラック同士が常に繋がっていてアルバム全体が地続きの作品となっており、もちろんこの曲もその一部を担っていますが、ここまでにないハードなビートとTohjiのラップはその中で異質さを持ったアクセント的役割を担っています。
これは完全な憶測ですが、たまたまTohjiとラフに作った曲のストックを活用したか、もしくはアルバムの構成を考えた際、アクセントとして交流のあったTohjiに依頼したのかもしれません。
いずれにしても、前述のOKAMOTO'Sのリミックス曲で恐らく初めて(表立って)一緒に仕事をしたのだと思いますが、こういった他の音楽活動や企画から繋がりを感じる部分も音楽ファンとしては気付いて嬉しくなる要素です。
Tohjiの曲で大きな流れが一旦止まったところで、アルバムはいよいよクライマックスに入っていきます。
M-11 Love The Past
-出会えてよかった そう思えるようになった-
この一節から、アルバムのここまでで描かれてきた、失ったあとの揺れ動く感情を経て、ようやく本当の意味での終わりを告げた事が分かります。
アルバムの流れではここまで「新しい!」という感動と続けざまの名曲郡に打ちのめされていましたが、この曲でアンビエント感のある楽曲に小袋さんの歌声が乗ると、前作『分離派の夏』で聴き馴染んだ雰囲気がここで初めて顔を出し、懐かしいような安心感があります。
M-12 Gaia
最終曲を飾る『Gaia』。
この大名盤を締めくくるにふさわしい、アルバム随一の名曲であると言いきれます。
どこをとっても素晴らしいのですが、個人的には至高のメロディとともに紡ぎだされる歌詞が、とにかく絶品です。
客演として5lackが起用されているのも、あまりにハマっていてうっとり聴き入ってしまいました。
ビートの始まりと終わりで使われている誇張したブレスも効きまくっています。
僕が初めて聴いたのは電車の中でしたが、感動で涙ぐみながらニヤニヤするという端から見たらどう考えても頭のおかしい表情になっていたと思います。笑
これ、ここに記すべきか凄〜く迷ったんですが、書いちゃいます…!
-祈る神はねえが 答えはいつもイエスだ-
この詞の意味を文字で理解した時、とんでもなく心揺さぶられました。
さすがに説明する必要もないと思いますが、とんでもなくイカした言葉遊びです。天才か。天才だ。
-振り返えりゃいつでも絶景
誰にも見れないからこそ絶景
全カットまるでウディ・アレン
頭金用意しても買えないぜ
もうお前の倍 風刻んでる
まだ1周目のこの人生
I'm 34 NismoのGTR Z
光より先の未来へ-
この最後のパンチラインとともに、聴き手を文字通り「絶景」へ誘う崇高な作品に、最大限の賛辞を贈りたいです。
最後に
もし最初からここまで読んでいただいた稀少な方がいたら、駄文にお付き合い頂いた申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
『Piercing』をリリース直後に聴いてから幾分時間は経っていますが、今もこの作品の素晴らしさと衝撃は新鮮なままです。
このアルバムがもっともっと沢山の人に知られてもっともっと評価されて、小袋さんには今まで以上に、日本や世界の音楽シーンでやりたい放題やってほしいし、そんなシーンが見たいなあと強く思います。
どこかのインタビューで小袋さんは「(自分は)ソロアーティストに向いてない、裏方の方が気楽でいい」というような事を発言していました。
プロデュースやサウンドワークも最高なんですが、やっぱり彼の歌声と言葉はそれ以上に価値があるとこのアルバムを聴いて改めて確信しました。
是非今後も引き続き、コンスタントにソロ作品もリリースしていってほしいですね。