夢の中身

 スマホの動作が重くなったら、溜まっているキャッシュを削除すればサクサク動くようになる。夢もね、これと同じ理屈なんだって。
 脳の記憶がキャパオーバーになりそうな時、不要な記憶を整理しないと新しいことを取り込めない。空きスペースを作るって意味ね。記憶は何もせずに自動的に消えて行く訳ではなくて、消去するには一度放映しないといけない。夢って、その整理の過程で見るものらしいとは何処かで聞いたことがある。

「ねえ、ゆきみ。昨日、変な夢見ちゃった」
「えー、夢の話〜?」
「いいじゃない。そんなダルそうな顔しないでちょっと聞いてよ、お願い」
「あー、うん、じゃあ分かった・・・・」
「良かった。話すよ、良い?」
「良いからサッサと話してよ?寝不足で私頭がボーっとしてるんだ」
 ゆきみは、周囲に気づかれないように欠伸を噛み殺そうとしたが、その顔がトカゲみたいになって、それを見た私は堪えきれずに吹き出してしまった。
「何?どうしたの?」
「ううん、何でもない。じゃあ、いくよ。実は、私、殺されそうになったんだ」
「実はって、夢の中の話なんだよね?」
「そうだよ。夢って言ったじゃん」
「いや、実は、って言うからさ」
「そんなことは良いから真面目に聞いてよ」
「真面目に聞いてるよ、多分。で、殺されるって何?」
 そんなやりとりをしてると始業のチャイムがなった。朝礼だ。面倒くさ。
「また後で話すからね」

 昼休みは他の人も一緒にご飯食べてるし、そこまで仲の良い人ばかりじゃないから殺されそうになった夢の話なんて出来るはずもなく、退社時間も合わなかったことから夢の話は帰宅してからの電話でとなった。

「まだ寝ないよね?」
「うん、まあ、睡魔と格闘中だけど今のところは何とかね」
「そっか。でさあ、中学三年の時に同じクラスだった桜子って子覚えてる?」
「桜子って、あの地味な子?」
「そうそう、その子」
「あんまり喋ったことが無い子だよね。で、その子がどうしたの?」
「多分、旅館だと思うけど、そこの和式の部屋でくつろいでいる時に何だか外が赤くなってるのに気づいたんだよね。それで何だろうと思って縁側のようになってる廊下まで出てみたの。そうしたら建物の燃えててさ、私大慌てだよ。一階だから廊下の窓を開けて飛び出そうとしたけど開かないの。あっちこっち走り回っていくつもの窓を開けようとしてもびくともしないのよ。途方に暮れるように窓から外を見たら、白いハチマキみたいなものを頭に巻いて勢いよく燃えてる松明を右手に持った人間が建物の周囲を走り回ってるのよ。私、本気で驚いたよ。そして動けずにその光景に釘付けになってると、こっちに気づいたのか顔を向けてにやーっと笑ったの。
「それが桜子だったの?」
「そう。そしてまた走り始めると至るところに火を着け続けてるの。流石にこれはマズイと思ったよ」
「まあ、そうだろうね」
「でしょ?で、死ぬ気で一生懸命に逃げれる場所を探し回ったら裏手のほうの窓が一枚だけ開いたの。本当に一枚だけだったのよ。私は大喜びしたよ。大喜びして転げ出るように抜け出したよ。そして大きな庭の建屋から一番離れた場所に走って行ったら先に避難してる人が一人居たの」
「へえ、良かったじゃんその人も」
「うん。で、その人誰だと思う?」
「うーん、分からないな」
「分からないかなあ・・・・あんたなんだけどね」
「えっ?」
「あんたも驚いた?」
「驚いたというより、私も出演してるのって何で?」
「何でって、夢だから分からないよ」
「あー、そうだよね。夢の話だったよね」
「私さあ、桜子から恨まれるようなことは何もしてないと思うんだけど」
 そう言うと、リモコンを手に取りテレビを点けた。何かドラマをやってるが、最近はめっきりドラマを観なくなったのでそれがどんなタイトルかも分からなかった。
 見覚えのある顔がいくつかあったが、それでも興味が湧くことは無かった。
「自分の知らないところで恨みを買うってこともあるし、小さな心当たりとかも無いの?」
「心当たりねえ・・・・」
もうかれこれ10年近くも前の話だし、桜子の面影っていっても教室の机に向かっている姿がぼんやりと浮かぶだけで本当に地味で味気のない子だったものなあ。それ以外の印象って殆ど無いと思う。
「ねえ、玲奈。あの子って友達誰か居たっけ?」
「え?桜子の?」
「うん」
「いやー、居なかったんじゃない? 見たことないもん」
「私も見たことない。なのに、何でそんな子が玲奈のところに現れたんだろうね?」
「何でだろうねえ・・・・」
そして、話が途切れたように間が空いた。

「もう遅いし、明日夢占いのことでも調べてみるよ。何か分かったら連絡するから」
そう言ってゆきみは電話を切った。
  
 私は寝る準備を済ませると、常夜灯の薄明かりの中で目を瞑った。
 無音の音がやけに耳に障った。

 夢占いねえ。

 仰向けのまま枕元に置いたスマホに手を伸ばす。何度か空振りした手の小指にカタッした感触があった。
 ディスプレイが眩しすぎて少し照明を落とす。
 「夢占い、殺されそうになる夢」で検索した。すると、いくつものサイトというかスレが出てきて、へえ、こんな夢みんなよくあることなんだなと思った。幾つもに見を通したが、書いてあることは大体同じで、今の状況から抜け出して新たな人生が始まると、まあ、こんな内容であった。私は随分と気が楽になった。直ぐにでもゆきみに教えたかったが、時間も時間だし、ゆきみが調べた内容はもっと違うことかも知れないと思い、その連絡を待ってみることにした。
 私は一つ深く呼吸をすると、安堵に纏われながら知らずのうちに眠りについた。

 時計を見ると四時を少し回った頃だった。

 また夢を見た。そう、悪夢だ。悪夢で目が覚めたのだ。昨日と同じ、殺されそうになって必死に逃げていた。
 相手はまた桜子か。いや、そうではなかった。知らない大柄の男。年齢は幾つ位か全く想像がつかない。そんな男が両手を大きく広げて追いかけてくる。場所は見覚えがある。
そう、実家の辺りだ、私は必死に走り続け、近所の医院の前を過ぎて国道に出ると左折して駅の方に向かった。振り返るとまだ追ってきている。差が少しずつ縮まってきていることに気づく。街路樹の間をくねくねと走り抜ける。大柄の男は街路樹をなぎ倒しながら追ってくる。何処かに隠れようかと思い辺りを見渡したがら逃げ続けたが、もしも隠れたところに仁王立ちでもされたら命を取られてしまうだろう。そう思うと止まることなんて絶対に出来なかった。小さな無人駅のところで反対側に渡って同じように逃げた。大柄の男も同じ所から渡って追ってくる。
 駄目だ、逃げれそうにないと諦めそうになったときに一機の戦闘機が目前に現れ、大柄の男を目掛けて何発ものミサイルを放った。大男は粉砕して消えてなくなった。私は立ち止まり、その光景を見つめてた。そして目が覚めたのだ。
 怖かったがまた逃げ切れた。
やっぱり、何かのリスタートの兆候なんだろうなと納得した。

 土曜日のこんな早い時間に目覚めても何もすることは無いし、また寝よう。起きたらゆきみに連絡しないと。
 
 日中、グダグダとして過ごしてると時間の経過が早いこと早いこと。外出してる時の三倍の早さで時が過ぎ去ってしまう。そして、14時とか15時になると決まって今日という日を懺悔したくなる。出不精のくせに後悔だけは進んで行うので損な性分だと自分では思っている。
 そして更に時計が時を進めると、薄い雲が茜色に変わっていった。結局、今日は部屋から出ることもなく一日が終了だ。
 そうだ、ゆきみに連絡を。スマホを手に取ると、既にゆきみからの通知が入ってた。
「調べたよ。余り良さそうじゃないけど伝えるね。現状に強いストレスを感じて全く身動き出来ない状況にある。何かから押しつぶされそうで逃げ道を探そうとするが焦りから小さな逃げ道を見過ごして右往左往してしまっている。結局、どう動こうともこの場から逃げ応せることはないだろう。って、まあこんな事を書いてあったよ。玲奈は大丈夫だから余り気にしないでね」

 大丈夫だから気にするなって言われてもね、これだけ真逆だと尚更気になってしまうんだけど。
 
 リスタート、ストレス。
リスタートして今のストレスから開放されるってこと?それとも、部署を異動したのでそれが自意識以上にストレスになっているってことを自分に暗示したということ?
 いやー、やっぱり気になるわ。

「調べてくれてありがとう。よく考えてまた連絡します」
 ゆきみに返信した。極めて短いお礼の言葉だけだったが、今夜はしつこく話を出来そうにない心境で、それに向こうも面倒くさいかも知れないし、そんな事を考えてると、何だかどうでもよくなってきている自分にふと気付いたりした。

 月曜日の朝、顔を合わすなりゆきみがこそこそとすり寄ってきた。
「あれから、どう?」
「え?」
小声過ぎて聞き取れなかったが、ゆきみは深妙な面持ちをしている。 
「他に変わったことはないの?」
「他にはないけど、どうして?」
「あ、無いなら別に」
そう言うと、そそくさと自分のデスクに向かって行った。   
「何なの、いったい」
 
 夕方になり、退社時間となった。玲奈は二、三度雑に肩を動かすと更衣室へと向かった。途中、後ろからポンと肩を叩かれ振り向くと夏香だった。
「どうしたの?ヤバい雰囲気だして」
「え、そんな感じ出してる?」
「冗談だよ。何言ってるの?」
「何だ冗談か」
「冗談じゃ無いことがあるって顔してるね」
「うん、微妙に気が乗らなくて」
「何に?」
「仕事にというか何というか」
「そう言えば、悪い夢ばかり見てるんだってね?」
「え?誰から聞いたの?」
「ゆきみだよ。連夜、人を殺しまくってる夢を見てるって言ってたよ」
「逆だよ。私が殺されそうになる夢だよ」
「えー、違うの?知り合いを殺しまくってるって聞いたけど」




 
 
 

 
 

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