木下さんのキーホルダーの行方に関する考察
僕は見たんだ、あの日、あらゆるキーホルダーふらふらと連れて行かれるのを!
初めは笛の音だった、笛の音がしたんだ、メロディを奏でる、利口そうな音だった。
耳の奥でかすかになっているような小さな音だった。
どこか遠くから流れてきたんだろう、とあまり気にしていなかった。
季節外れのパレードでも、やってきたんだろう、なんてメルヘンなことが頭によぎった。
僕は立ち上がった、別に笛のメロディがきっかけじゃない、ただなんとなく、予感がしたんだ。僕のそういう予感はよく当たる。
当時は学生で一人暮らしだった、学校に行こうと思ったんだ。
何か取りに行こうと思った、具体的になんだったのか、は覚えていないがね。
そして、ドアを開けると、僕のほとんど使っていないキーホルダーが見知らぬ笛吹に連れられていくところだった。
僕のキーホルダーだけじゃない、それぞれの家にある、古かったり、まだ新しいのもあった、泥まみれのもある。それらは列をなして、笛吹きについていくんだ。
僕は必死でキーホルダーを止めたよ、使っていなくたって、気に入って買ったものだ。勝手に連れて行かれては困る。
けれどキーホルダーは僕のいうことなんか全く聞く様子もなく、ついていく。
そうか、こうやって子供たちはハーメルンで失踪したんだな、とぼんやりと思ったよ。