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私は安い靴を買うほど裕福ではない
私は安い靴を買うほど裕福ではない。
それに気づいたのは最近であり、今まさに安い靴を買おうとしていた。
私は靴屋で靴を選んでいた。
その靴は、青い色がベースに、白の模様が入っていて、その時の私にとってとても魅力的に思えた。
けれども、これを買うことによって、確かにその日の夜ご飯は、みすぼらしいものになるに違いなかった。
それに気づかなかった。私は、その靴を買うことで、頭がいっぱいになっていた。
その靴に取り込まれていたのだ。
その靴は、魔力のようなものを持っていて、私を取り込み、自分を買わせるために魔力を解放したわけだ。
だから私はその靴が欲しくてたまらなかったわけで、それを買うことによって、晩御飯がみすぼらしくなる事実も頭によぎったが、魔力にはかなわなかった。
私はその安い靴を、購入しようとレジに向かったのだ。
そこまで行けば、今までの私なら確実に買ってしまっていたことだろう。
けれども違ったのは、その日、私はレジの横にあった鏡を見たのだ。
鏡に映った私はごく普通のいつもの私であったが、手に持ったその靴から湯気のようなものが出ていたのだ。
最初は見間違えだと思った。
そしてレジに向かおうとした、しかし何か気になっていた、見間違いにしてはややはっきりとその靴から湯気のようなものが上がっている。
もう一度鏡を見た。
するとその湯気は徐々に黒く赤黒く色を変えていっている。
靴からそんな夢が立ち上っているなんて、実際にその靴を見ても、そんな湯気が立ち上っているのははずもなく、私はもう一度鏡を見た。
するとやはり赤黒く湯気がその靴から湧き上がり、あろうことか、私の口の穴、鼻の穴から、どんどん入り込んでいた。
普通の湯気であれば、私を通り越して上に登っていくだけであるが、その湯気は私の中に確実にその靴から発せられ私に蓄積されていった。
途端に恐ろしくなったのだ。
やはりその安い靴は私を取り込もうとして魔力を使っていたに違いない。
そして私はマンマとその魔力に騙されてその靴を購入しようと走っていた。
けれども知ってしまった。私は、すぐにその靴を売り場に戻してできるだけ早くその靴やから離れを落とした。
けれども、いくら走っても、どんなに回り道をしても、その靴屋から出ることができないのだ。
どういうことだと私は焦った。店内は至って普通である。
店員もいれば客もいる。それぞれショッピングを楽しんでいる。
その彼らにどうやったらこの店から出られるのですかと聞くわけにもいかず、私はあがいていた。
店の外は見えているけれども、あるけどあるけど、近づかない。
近づくそぶりは見せるが、すぐに離れてしまう。
これもあの靴の魔力かと私は思った。
気づいたら私は靴であった。
靴として店に並んでいた。
もう遅かったのだ。
かくして私は靴としての人生を歩み出した。