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靴をはかない
彼女は靴を履かない。
その理由を聞いても教えてくれないし、教えてくれたところで理解できないけれど。
彼女と歩く時、すれ違う人々は奇異の目で彼女をみて、それからぼくをみてやや同情する。
ぼくが、そう感じるだけで、何も思っていないのかもしれない。
けれど周りの目など、実はどうでもよくて、ぼくはとにかく、彼女の裸足で歩く、佇まいがとても好きだったから、それを直そうとはしない。
割れたガラスが落ちていて、彼女が足を怪我したとしても、彼女が気にしないのであればそれでよかった。
実際、彼女は小さな石をふみ、怪我さえしなかったものの、かなり痛がっていた。
その後も靴をはいていないから、何か根本的な理由があるに違いない。
あるいは、彼女は靴を知らないのかもしれない。
彼女の人生には靴は存在せず、見えていないのかもしれない。
幻覚が見える人が存在するように、彼女には世界中の靴は見えないのだ。
ぼくは、普通に靴を履いているし、脱ぎ履きする場面を彼女もみているはずだけれど、彼女には特殊な回路があって、それは存在していない。見えていない。
そういうことなのだろう。
もちろん、靴下もはかず、彼女は、つん、と歩いている。