秋は何メートル沈む?
僕と秋が海に行ったのは夏の終わりの頃。
僕はあまり泳げない、秋はとてもよく泳げる。
まるで、トビウオみたい、と言ったら、トビウオは水面から飛び出して空中を泳いでいるじゃないか、と言う人がいるかもしれない。
そうだな、秋はウサギのように飛び跳ねて。
泳ぐ、というより跳ねると言う方が合っているのかもしれない。
海水浴でバタフライ、する秋は目立った存在になる。
跳ね上がったかと思えば、急に沈んでしまった。
このまま秋が沈んでからしばらく経つ。
このまま浮かんでこないのではないかと僕は一瞬怖くなる。
きっと、何食わぬ顔ですぐに秋は浮かんでくるのだろう。
それを僕は浅瀬でただ待っているだけだ。
秋の沈んだあたりが、黄色く光っているような気がした。
それはもちろん気のせいであるし、今は昼間で、日の出の時間でもない。
ましてやその周りには人がたくさんいて、海水浴を楽しんでいる。
だからそこだけが光るはずは無い。
けれど、確かに光っているような気がする。
秋が沈んでから、随分経つ。
もう息がもたないのではないかというぐらい、僕だったらすでに溺れ死んでいるかもしれないぐらい。
秋が浮かんでこないことに周りの誰も気づいていない。
当然だ。みんな海水浴で遊ぶことに夢中なのだから。
他人のことに関心などない。
僕だけがずっと秋を目で追っていたから、浮かんでこないことを知っている。
秋は海の底で何かトラブルにあって浮かび上がって来れないのかもしれない。
それこそ大きな貝が、秋の足をかぶりつき、秋はもがきながらそこで苦しんでいるのかもしれない。
想像するといてもたってもいられなくなり、僕は浅瀬から秋がいるところに何とか近づこうとする。
しかし海水浴を楽しむ人々は僕を簡単に通してはくれない。
まるで、僕を通したら海水浴そのものが楽しくなくなる魔法にかかっているかのように。
秋は深く沈んだまま浮かんでこない。