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「甘宮亜希は世界で1番可愛い!」第1話


【あらすじ】(272文字)

 “甘宮亜希あまみやあき”は世界で一番可愛い容姿をした――男だった。

 そんな甘宮はボーイッシュな才女“氷川奈冷ひかわなつめ”が、実は可愛いものを大好きな女の子だと知ってしまう。
 秘密を知られた氷川は、甘宮にとある相談を持ち掛ける。周囲からカッコいいと言われる彼女が、本当は可愛らしい女の子になりたいという悩みだった。

 甘宮は彼女の話を聞いて、決心する。
 表情、化粧、洋服など様々な武器を使って、氷川奈冷を可愛らしい女の子に変えてみせると。

 世界で一番可愛い男の娘が、ボーイッシュな女の子を可愛く変貌させるまでを描く、恋と成長の物語。

【補足説明/#1について】(926文字)

  甘宮亜希は世界で一番可愛い容姿をした――男だった。

 そんな甘宮はカッコいい才女“氷川奈冷”が、実は可愛いものが大好きな女の子だと知ってしまう。氷川は同性からモテており、彼女を慕う女の子たちからカッコいい女のレッテルを貼られているため、可愛いものが好きということを打ち明けられなかった。
 また本人はカッコいい女ではなく、可愛らしい女の子になることに憧れを抱いており、世界で一番可愛い甘宮に、そのことを相談する。
 甘宮は相談を聞いて、「自分に恋をさせてあげる」と氷川が可愛らしい女の子になるために協力することに決めた。

 まずは表情から変えていこうと提案する甘宮。何故なら、氷川は基本的に無表情であり、その印象が周囲にクールなイメージを植え付けていたからだ。
 最初は笑顔を作ろうとしても上手くいかない氷川だったが、表情トレーニングを毎日行うことで、徐々に朗らかになってくる。

 変わりつつある自分に喜んでいた氷川だったが、彼女を慕うファンの女の子が影で「前のほうが良かった」と喋っている会話を聞いてしまう。更にクールな氷川が変わったのは甘宮と関わったせいだと、裏で甘宮の悪口も聞こえてきた。
 ショックを受ける氷川は、可愛くなる努力を止めると甘宮に告げる。

 不穏な状況の中で、甘宮は陰口を言っていた女子に呼び出された。そして、もう氷川に関わらないで欲しいとキツく文句を言われる。
 だが、甘宮は怯まなかった。むしろ胸に怒りを抱いた彼は、“可愛い”という魅力をファンの女の子にも教えるために言葉を吐く。そしてファンの女の子に、男らしく壁ドンをして可愛らしく耳元で囁いた。
 甘宮の魅力に、顔が真っ赤になってへたり込むファンの女の子。
 そんな一連のやり取りを影で見ていた氷川は、二人の前に姿を表して満面の笑みを浮かべて、練習の成果を見せる。甘宮もファンの女の子も、その笑顔が持つ可愛さに胸がときめいた。

 その後、再び可愛い自分にために前を向いた氷川は、ある決心をした。
 もし、世界で一番可愛い甘宮亜希より可愛くなれたら、胸の内に潜む愛する気持ちを彼に伝えることだ。

 これは、世界で一番可愛い男の娘が、ボーイッシュな女の子を可愛く変貌させるまでを描く、恋と成長の物語。

【第1話】
誰よりも、可愛い(9463文字)

○学校の廊下(昼)

 甘宮亜希あまみやあきは学校の廊下を優雅に歩く。女性用の制服を着ており、可愛らしい顔をしていた。

『人間に踏まれる雑草に』
『機嫌の悪い雨雲に』
『そして、埃だらけの君の心に』

 甘宮の姿勢は真っ直ぐで、ランウェイを歩いているよう。

『私の“可愛い”をお裾分けしたい』

 生徒たちはすれ違う度に、甘宮の方を見て顔を赤くする。

『だって私……甘宮亜希は、世界中の誰よりも可愛いから』
『男だけどねっ!』

 日常の一コマのように男子トイレに入っていく。

○学校の教室(夕方)

 帰りのホームルームが終了した頃。
 甘宮は二人の男友達と喋っていた。

「この鏡────最っ高に可愛いデザインだよねっ!?」
「だって、私が映ってるもん!」

 椅子に座って鏡を見ている甘宮。髪を撫でて身だしなみを確認していた。鏡はシンプルな桃色の物だが、甘宮の可愛らしい顔が写っている。

「どんな安っぽい鏡でも、可愛い私が映るだけでブランド品に早変わりだもんなぁ」
「ヘイヘイ……可愛いね」

 スマホを弄っている友人が適当に呟く。甘宮に目もくれず、ゲームをしていた。

「右を向いても可愛い!? 左を向いても可愛い!? まさか下を向いても……!? あああッ! これもまた可愛いぞぉ!」

 鏡を見ながら首を動かして、様々な角度からの自分の顔を確認する甘宮。

「一挙一動がバカなヤツって、こういう人なんだろうな」

 「顔認証の登録でもしてんのか」と呆れるように呟く。

「なんだとぉ~? バカじゃなくて……」

 甘宮は頬を膨らませて立ち上がり、友人に近づいた。

「可愛い、でしょ?」

 上目遣いで、ニッコリと笑う。
 友人は相手が男にも関わらず、ドキッとして後ずさる。

「やめときなよ。男だろうが可愛いのは間違いないんだから」

 眼鏡をかけた生徒が、冷めた目で照れた友人に忠告する。

「ふふふっ。可愛いって武器になるんだよ」

 満足した甘宮は、自分の席に座って再び鏡を見る。

「くそっ……たまには、可愛いじゃなくてカッコつけてみやがれってんだ」
「それこそ、氷川奈冷ひかわなつめみたいによ」

 教室の入り口を見ると、女生徒――氷川奈冷を中心に人だかりができていた。
 氷川は黒髪ロングでボーイッシュな女生徒で、カッコいい。

「今日も素敵です! 氷川様!」

 氷川の周りにいる女生徒たちは、恋する乙女のような眼差しを向けていた。

「氷川って、この学校の全男子よりモテるんじゃねえか?」
「陸上部のエースで成績も優秀。ファンクラブもあるらしいぜ」

 友人は氷川たちを見ながら言う。

「きゃあっ」

 氷川の周りを囲っていた生徒同士がぶつかる。一人の生徒がよろけて、転びそうになってしまう。

「気を付けてね。アタシが傍にいるときしか、守れないんだから」

 転びそうになった女生徒を、腰に手を回して抱きかかえるように助ける。表情は冷たく、淡々と心配していた。

「は…はい」

 抱きかかえられたツインテールの女生徒は、顔を真っ赤にして頷く。

「じゃあ、アタシは部活があるから」

 氷川は鞄を持って教室を出ていく。

「ありゃ凄いわ、女だったら間違いなく惚れてるね」
「男のままでは惚れないんだね」

 友人が話している間に、甘宮は身なりの確認を終えて鏡を鞄にしまう。鞄を持って帰ろうとしていた。

「あれ、遊んでかないの?」
「可愛い私には、用事があるからね!」
「どっか行くん?」

 不敵な笑みを浮かべる甘宮。ポケットからスマホを取り出して画面を見せる。

「じゃ~ん! 微生物系ゆるキャラ、ミジンゴくんのグッズ販売日なのです!」

 スマホの画面にはミジンコを元にしたデザインのゆるキャラが映し出されている。

「なんだこれ」

 友人はキモ可愛いゆるキャラを見て、露骨に嫌な顔をする。

「知らないの!? 超カルト的人気を誇る、ミジンコを元にしたゆるキャラだよ?」
「知らねえよ。可愛いっていうか気持ち悪いし」

 スマホに映るミジンゴくんは、うにょりと生々しく動いていた。

「えぇ! ごく一部のマニアから絶大な指示を得ているんだよ。急がなきゃグッズがなくなっちゃうほどにね」
「ということで、それじゃ!」

 スマホをしまって、教室を去ろうとする。しかし大柄な男性に首根っこを掴まれて、動きを止められてしまう。

「甘宮、どこに行くんだ」
「せ…先生? 可愛い私に何か用事かな?」

 先生の表情は険しい。甘宮は嫌な気配を感じ、作り笑いを浮かべた。

「今日は楽しい補習の日だぞ」
「えっ?」

 甘宮が顔を真っ青にする。

「クラスで赤点はお前だけだからな。たっぷり可愛がってやる」
「や、今日は予定があって…そのぉ……」

 上目遣いで、何度も瞬きをして告げる甘宮。

「補習とかぁ、ミジンコも興味ないから帰るね?」

 精一杯、可愛らしい表情をした。

「誰もが可愛がると思うなよ。さっさと行くぞ」

 可愛さ攻撃は通用せず、掴まれたまま補習室に連行される。

「にゅんッ!」

 しかし悪あがきとばかりに手を振りほどいて、ぴゅーと逃げ出す。

「ふふふのふ! 逃げちゃうもんねー!」

 甘宮は廊下を走って逃走するも、非常に遅い。すぐに息が切れて、ぜえぜえと呼吸し始める。

「うべえ!」

 何もないとこで躓いて転んでしまう。

「なにをやっているのだ、お前は」

 冷めた目で転んだ甘宮を見て、呆れる先生。再び首根っこを掴み、引きずって連行する。

「補習いくぞー」

「ぎゃああああああ! やだやだ! 勉強とかミジンコもやりたくないんですけどォ!」

 甘宮はジタバタと暴れながらも、補習室に引きずられた。


○ショッピングモール(夜)


 日が沈み、客の少ないショッピングモール。
 甘宮は情けないフォームで小走りしている。

「さ…流石に間に合わないかな」

 目的の店の前に着くと、立ち止まって呼吸を整える。そのお店はゆるキャラ「ミジンゴくん」のグッズを販売していた。商品はほとんど売り切れていて品揃えが悪い。

「あの! ミジンゴくんのぬいぐるみって残ってますか?」

 甘宮が焦りながら店員へ声を掛ける。

「ごめんなさい。あちらの方で最後の一個だったんです」

 申し訳なさそうに、頭を下げる店員。

「そうですか……ありがとうございます」

 甘宮は残念そうな顔をして礼を言う。辺りを見渡すと、店員が言っていた“あちらの方”を発見した。

「あれ? ウチの高校の制服だ」

 遠くでミジンゴくんのぬいぐるみを抱えた女生徒が歩いていた。後ろ姿なので個人が特定できない。だが、甘宮と同じ制服を着ている。

「身近にミジンゴくんのファンがいるとは……!」
「話しかけてみよっと!」

 甘宮は嬉しそうな顔で女生徒に近づく。
 しかし甘宮の移動速度が遅いので、なかなか追いつかない。人気のない休憩スペースで、ようやく声を掛けれる距離まで接近できた。

「や、やっと追いつい――」
「ンンンンンンンッッ!」
「!?」

 女生徒がミジンゴくんのぬいぐるみに顔を押しつけて悶え始めた。

「か、かわいいいいいいいいっ!」

 ぬいぐるみに顔をめり込ませる。動物のように匂いを嗅いで、ハスハスと呼吸をする。

(犬? ……いや人間か)

 甘宮はドン引きでその光景を目の当たりにする。

「んんんんんん――はっ! しまった。耐えきれず、外で……」
「ひ…氷川さん?」

 顔からぬいぐるみを離す。すると、氷川の無表情な顔が露になる。

「……甘宮ちゃん?」

 二人の視線が交差する。氷川は痴態を目撃されて、表情は変わらないものの顔色が悪かった。

○ショッピングモール内のカフェ

 落ち着いた雰囲気のカフェ。甘宮と氷川はカウンター席で肩を並べて紅茶を飲んでいた。

「……」

 誰も喋らない気まずい雰囲気になる。

「あの……実はアタシね、ミジンゴくん、大好きなの」

 氷川が恐る恐る、喋り始める。

(だろうね)

 ぬいぐるみに頭を突っ込んでいた姿を思い出す甘宮。

「甘宮ちゃんのことも、大好きなの」
「――ぶぶっ!」

 飲んでいた紅茶を噴き出す。咳き込んで、パニックになる。

「え? あ、え?」

(急に、あの痴態から、この流れ!?)

 アタフタしていると、氷川が決死の顔で告げる。

「そういう、可愛いものが全般が大好きなの!」
「…………へ?」

 ポカンと口を開ける甘宮。

(もしかして……)

「異性としてじゃなく、私の可愛いところが素敵って話し?」

 無表情で、頷く氷川。

「そういうことね」

 甘宮がボソッと呟く。

「そっかぁ~! 可愛い私の魅力が伝わってたか~!」

 花が咲いたように明るくなり、頬に手を当てて喜ぶ。

「ふふふ! 確かに、世界で一番可愛い私ですけど!」
「うん。可愛いと思う」

 氷川が頷いて、肯定する。

「可愛いを辞書で調べたら、私の名前が書いてあるもんね!」

 ニッコニコで調子に乗る。

「うん。絶対に書いてある」

 またも肯定する氷川。甘宮の頭を、よしよしと撫でる。

「ふふふのふ! でも意外だなぁ……氷川さんが可愛いもの好きなんて。ミジンコも考えてなかったよ。カッコいい人ってイメージだったからさ」「……そう、だよね」

 氷川は表情を陰らせて俯く。

「どうしたの?」

 首を可愛らしく傾げる甘宮。

「実は悩んでることがあって……」

 氷川は改まって身体の向きを甘宮の方に変える。

「アタシ、本当は甘宮ちゃんみたいに可愛くなりたいの!」

 前のめりで、力強く言った。

「可愛く?」
「うん。アタシって普通にしているのに、カッコいいって言われちゃうんだよね」
「ああ…」

 教室で女生徒を助けた姿を思い出して、納得する。

「だから、可愛いものが好きって言いづらくなって……可愛い恰好するのも、なんだか恥ずかしくなっちゃって、それで……」

 俯いて縮こまってしまう氷川。

「可愛く着飾ることから離れていくと、余計に分からなくなるの。洋服とか、化粧とか、どうすればいいんだっけって……」
「今のアタシは“可愛い”になれない」

 服の袖をキュッと握った。

「だから、お願い!」
「世界で一番可愛い甘宮ちゃんに、“可愛い”を教えてほしいの!」

 顔と顔が触れ合うくらいまで、甘宮に近づく。

「私が……」

 甘宮の脳裏に、可愛いことを馬鹿にされた過去の自分が頭を過ぎる。

「わかったよ。必ず……」
「自分に恋をさせてあげる」

 甘宮は真っ直ぐに氷川を見て、告げる。

「ありがとう!」

 氷川の表情は変わらないものの、喜んでいるらしく甘宮の手を握ってきた。

「ちょ、近いって! 可愛いくても、男なんだよ!」
「可愛いから気にしないよ」

 甘宮の両手を包み込むように握って、身体が触れ合うくらいに近づく。恋人のような距離感だが、照れているのは甘宮だけ。

「!」

 甘宮は顔から火が出るくらいに熱くして、目を回す。


○学校の屋上(昼)

 昼休み。甘宮と氷川は屋上に集まって弁当を食べていた。他に人はおらず、貸し切り状態。

「まずは表情だと思うんだよね」

 甘宮は小さな弁当を食べながら言った。

「氷川さんがクールに見えるのは、表情があまり動かないからなんじゃないかな」
「そんなに表情って大切なの?」

 氷川は、運動部らしい大きな弁当を食べている。

「もちろんだよ。笑っている顔と怒っている顔って印象が違うでしょ?」

 自らの顔を笑顔にしたり、怒ったりして説明する。

「表情一つで相手に安心感を与えることもできれば、嫌悪感を与える場合もあるってナントカの研究で言ってた」
「ナントカの……」
「気がする!」
「気が……」

 曖昧な意見を、堂々と言う甘宮。
 氷川は合の手を入れるも、首を傾げていた。

「じゃあ早速、笑ってみてよ! レッツスマイル!」

 氷川は笑顔を作るため、顔の筋肉に力を入れた。だが全く変化が見られない。

「もっと、口角あげてみて!」

 氷川の口角が微かに上がるも、笑顔とは言えなかった。

「あの、もっと」

 氷川は無理やり手を使って口角を上げるも、笑顔というより変顔みたいになってしまう。

「無表情が板につきすぎてる!」

 ガックシと項垂れる甘宮。

「じゃあお手本してみてよ」

 甘宮に手で頬をグニャグニャと歪めながらお願いする。

「しょうがないなあ、にこっ!」

 可愛らしい満面の笑みを浮かべる甘宮。

「か…可愛い! 仕上がってるよ!」

 氷川は感動して、小さく拍手をする。

「にこぉーーっ!」

 甘宮は更に笑顔になる。

「笑顔が満開の桜みたいだね!」

 ボディビルの大会みたくヤジを飛ばして、甘宮の頭をなでなでする氷川。

「にこぉーーーーっ!」

 更に調子に乗って、笑顔になる。

「よっ! 世界平和の象徴!」

 氷川は思わず、甘宮を後ろから抱きしめてしまう。

「っ! あのっ!」

 甘宮は赤面させて驚く。

「んんんん!」

 背中に顔を埋める氷川。

「だから! 私、男だって!」
「んんんんんんんん!」
「ちょ、やめ、くすぐったいって!」
「はすはすはすはす」

 背中で呼吸し始める氷川。甘宮が悶え苦しむ。

「だああああああっ! やめろおおおお!」

 手足をジタバタさせて暴れる。氷川を振り払い、自分の身体を抱きしめる。

「と、とにかく! 笑顔の練習だよ! 表情トレーニングだ!」

 ビシッと力強く、氷川に指を向ける。

「まずは口角を上げて十秒キープ!」

 二人で口角を上げて、キープする。

「次に『あ、い、う、え、お』の順で口を大きく開けよう!」

 二人で大きく口を開ける。

「最後に舌のトレーニング! 口内で歯茎をなぞるように舌を動かそう!」

 口を閉じて、舌を動かす二人。

「よし! これを毎日鏡の前でやってみるんだ!」

 甘宮は読者へ目線を向けて、呼びかけるように言う。

「鏡……」

 氷川が床を見つめてポツリと呟く。

「アタシ、鏡を見るって好きじゃないんだ」
「だって全く可愛くない自分が映るんだもん」

頬に手を当てて、暗い顔をする。

「見るたびにへこむから、あんまり使わないんだよね」
「……そっか」
「それでも毎日、鏡は見た方がいいよ」

 優しげな表情を作って、アドバイスする甘宮。

「自分の姿を確認しないと、現在位置が分からなくて何をどう改善すればいいのか迷子になるもん」
「それに、これからはきっと楽しくなるさ! だって、理想の可愛い自分に、毎日近づいていくんだから!」

 満面の笑みをして、楽しげに伝えた。

「…うん。そっか、そうだよね」
「ありがと。頑張ってみるよ」


○学校の屋上(昼)


 二人は、昼休みに弁当を食べながら笑顔の練習をしていた。

『それから毎日、昼休みに集まって笑顔の練習をした』

 微動だにしなかった氷川の表情も少しづつ改善している。しかし、あくまでも少しであり、可愛らしい笑顔とは言えない。

「考えたんだけどさ」
「自然と笑えるような楽しいことがあれば、上手に笑顔になるんじゃないかな」

 表情トレーニングをしている氷川に向けて、弁当を食べながら言う。

「ひへんほ?」

 頬をマッサージしていたため「自然と?」という言葉が上手く発せない。

「そうかな。アタシ……最近、楽しいけど……」

 甘宮は持ってきた鞄の中から、小さな袋を取り出す。

「そこで、これ!」

 袋の中に入っていたのは小さな箱だった。小さな箱を氷川に渡す。

「なにこれ?」
「開けてみて」

 箱を受け取った氷川は、ゆっくりと蓋を開く。

「これって……!」

 中には可愛らしいデザインのネックレスが入っていた。

「プレゼント、だよ」
「つけてみていい?」

 甘宮が頷くと、氷川がネックレスを首につける。

「やっぱり私のセンスは間違いないね! 似合ってるよ! 可愛い!」

 甘宮は腕を組んでうんうんと頷き、褒める。

「そうかな……」

 首に巻かれたネックレスを見る氷川。

「甘宮ちゃん、ありがとねっ」

 満面とは言わないまでも、少しだけ口角を上げて笑顔で礼を言った。

「う、うん」

 甘宮は、そんな姿にドキッとして目を逸らす。

○学校の廊下(夕方)

 部活終わりの氷川がジャージ姿で廊下を歩いていた。

 首につけたネックレスを大事そうに撫でる。階段付近にさしかかった時に、話し声が聞こえてきた。

「最近の氷川様、なんか変わったよね」
「ええ。柔らかくなったというか」

 噂話をしていたのは、教室で氷川を囲っていたファンの女生徒だった。

(――!)
(笑顔が少しは上手くなったのかな)

 氷川は少しだけ口角を上げて喜ぶ。

「ぶっちゃけ、前の方が良かったかも」
「え?」

 氷川の顔から、明るさが消えて身体が硬直する。

「知っています? 氷川様の雰囲気が変わられた理由……」
「どうやら、甘宮という生徒と昼休みに会っているそうで。彼の影響なのではと……」

 ツインテールの女子生徒が、険しい顔をする。

「甘宮って、あの女装してる男子?」
「ええ。きっと、彼のせいですわ」
「男なのに女装して、可愛い子ぶって……きっと、氷川様を誑かしたんです」
「えー、最悪なんだけど。あの女装男マジでキショイって……勝手に一人で女装してろよ」
「ええ。許せませんわね」

 氷川は会話を聞いて、苦しそうにネックレスを握った。そして、ファンがいる階段とは真逆の方に駆け出していく。

(変わろうとしてる気持ちは、間違いだったのかな……)

 瞳を濡らしながら走っていると、男子生徒と身体がぶつかってしまう。

「いてて……あれ? 氷川さん」

 ぶつかった生徒は甘宮だった。尻もちをついた甘宮は、お尻を擦りながら起き上がる。

「どうしたの?」
「……………」

 暗い顔をした氷川は、甘宮の方を見ずに俯く。「前の方が良かった」というファンの言葉がフラッシュバックした。

「アタシ……可愛くなろうとするの、やめる」
「え?」

 ネックレスを外して甘宮に無理やり渡す氷川。甘宮は状況を理解できず、啞然として固まってしまう。

「ごめんね」

 氷川は涙を流して走り去った。

【回想開始/小学校時代】

○甘宮の家、リビング(昼)

 女性用の服を着ている小学生の甘宮。

「お母さん、普通の洋服着てほしいなあ」

 母親に優しく諭される。

(普通ってなんなんだろう)
(普通は僕を受け入れてくれないのに、なんで合わせなきゃいけないのかな?)

○小学校の教室

 男子生徒が可愛い服を着た甘宮をからかう。甘宮は頬を膨らませて怒っている。

「なんで男なのに、女みたいなカッコしてんだよ」
「きもちわり!」

 周りの生徒もクスクスと笑っている。

(僕は、僕でいるだけで、笑われてしまう)

○小学校の下駄箱

 自分の靴の入った下駄箱を開ける甘宮。靴の中に画鋲や土が入っていて悪戯されていた。泣きそうな顔になる。

(それでも、僕は……)

【回想終了】

○学校の教室(昼)

(私は可愛い自分を突き通したよ)

 翌日の授業中。甘宮はシャーペンの代わりにネックレスを持って、氷川のことを見ていた。
 時間が経過し、放課後。帰りのホームルームが終了する。
 カフェで「世界で一番可愛い甘宮ちゃんに、“可愛い”を教えてほしいの!」と言っていた氷川を思い出す甘宮。

(なりたい自分に、なっていいんだ!)

 真剣な顔で氷川に近づいていく。

「あの……氷川さん!」

 話しかけると、目が合う。氷川は氷のように冷たい顔をしていた。

「私は――」
「貴方が甘宮さんね」

 女性の声で甘宮の言葉は遮られた。声の主は氷川のファンの一人。ツインテールに髪型をセットした女生徒だった。

「少しだけ、お時間いただけます?」

 女生徒は甘宮を睨んで丁寧に言った。

○学校の校舎裏

 人のいない校舎裏で、甘宮と女生徒が対面している。

「貴方……最近、氷川様と仲がよろしいようで」
(様って……氷川さんのファンの子かな)

 高圧的な女生徒の態度に、困惑する甘宮。

「え、と……どうしたのかな? こんなとこに呼び出して」
「単刀直入に言います」
「氷川様に近寄るのを、やめてください!」

 女生徒は一歩前に出て宣言する。

「貴方みたいな女装男と一緒にいると、氷川様がおかしくなります」
「現に氷川様は変わられた。以前のカッコいい氷川様に戻ってほしいのです!」

 睨みつけて、敵意を剥き出しにして言う女生徒。

「そっか…」
「君か、悲しませたのは」

 女生徒に対して、甘宮も負けじと睨み返す。

「君の思う“普通”や“理想”の枠に彼女を当てはめるのは、傲慢じゃないかな」
「本当に大好きなら、理想じゃなくて現実の彼女を見てあげなよ」

 甘宮が女生徒に真剣な眼差しで告げる。

「理想ですって?」
「私はちゃんと現実の氷川様を見ています! あの人は何でもできるカッコいい人なんです!」

 女生徒はイラついて、甘宮の胸ぐらを掴んだ。

「自分がお姫様になりたいからって、勝手に君の王子様にしちゃだめだ」
「愛情も、押し付けたら暴力だよ」

 甘宮は一切怯まずに、胸ぐらを掴んだ手を払って断言する。その発言が女生徒を更に腹立たせる。

「か…可愛いだけの女装男が! 分かったようなことを言わないでください!」
「可愛い……だけ?」

 甘宮の身体がピクッと跳ねる。

「可愛くなるのにどれだけの労力が必要かわかっているのかな?」

 甘宮は顔を伏せて、女生徒に一歩ずつ近づく。身体が触れ合う距離にまで接近するも、歩みを止めない。甘宮の圧に押されて、女生徒は後退し、背が校舎の壁に当たり立ち止まる。

「な…なんですか?」
「可愛いっていうのは、武器になるんだよ」

 甘宮は得意の可愛らしい笑顔を作ると、手のひらをドンと壁に叩きつけた。甘宮と壁に挟まれ、壁ドンの状態になる女生徒。

「それが分からないなら……」

 甘宮は女生徒の顔に自分の顔を近づける。唇が女生徒の頬の近くを通り過ぎて、耳元で停止した。

「私の可愛いところ、たっぷり教えてあげようか?」

 優しく耳元で囁く甘宮。

 パッチリした目、柔らかそうな唇、小さな輪郭、艶やか髪、透き通る肌、甘い声と香り。全てが女生徒を刺激して、沸騰したように全身が真っ赤になった。顔から蒸気を発するくらい魅了される。

「――――」

 女生徒は身体がビクビクと震えて、その場にへたり込んでしまう。

「な…なんなの」

 弱弱しく呟く女生徒。

「これが、可愛いだよ?」

 甘宮は可愛らしく笑った。
 その時、物陰からガサリという音がする。二人が音に反応して目線を向けると、そこには氷川の姿があった。

「ひ…氷川様!?」

 驚いた二人に対して、晴れやかな顔をした氷川。

「アタシ……自慢できるくらいの自分になってみせるから!」
「ありがとっ!」

 氷川はそう言って、満面の笑みを浮かべた。

「ッ!」

 晴れやかな笑顔に、魅了されてしまう甘宮。

「さ、一緒に帰ろっ!」

 甘宮の手を引いて、氷川は校舎裏を去っていく。

「これはこれで……アリかも」

 一人取り残された女生徒が、静かに呟いた。

○住宅街

 並んで下校している甘宮と氷川。

「前の方が良かったって言われて、正直へこんでた」
「だから、ちゃんとアタシのことを見て反論してくれて嬉しかったよ」

 夕陽に照らされた氷川は優しく礼を言う。

「じゃあ、これ…もう一度受け取ってもらえるかな?」

 立ち止まって、鞄からネックレスを取り出す甘宮。氷川が頷くのを確認すると、ネックレスをつけてあげる。

「なんか近い…」

 甘宮が正面から首の後ろに手を回す形になり、氷川を抱きしめているような姿になる。
 氷川が照れて目を逸らす。

「やっぱり、似合ってる。可愛いよ」
「うん……」

 二人は再び歩き始める。

「アタシ…貴方のこと大好き」
「――っ!」

 甘宮は不意の告白に驚嘆する。

「異性としてじゃなく、私の可愛いところが素敵って話しだよね?」

 頬を赤らめながら、戸惑いつつ聞く甘宮。

「そうだよ、甘宮くん」

 氷川は上手になった笑顔で答えた。

(……くん?)

 甘宮が引っ掛かりを覚えて、首を傾げる。

『目標ができた』
『甘宮くんより可愛くなったら。世界で一番可愛くなれたら、この気持ちを伝えよう』

【第2話】
姉よりも、可愛い(3950文字)

【第3話】
ファンよりも、可愛い(3718文字)


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