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「甘宮亜希は世界で1番可愛い!」第3話

【第3話】
ファンよりも、可愛い(3718文字)

○学校の教室(夕方)

 帰りのホームルームが終わり、放課後になる。生徒たちは、荷物をまとめて徐々に帰宅をし始めていた。そんな中、甘宮と氷川は教室で仲良く会話している。

「新作のパンケーキ、今日からなんだよね。一緒に行こうよ」

 甘宮はスマホの画面に映るパンケーキを見せながら氷川を誘った。

「ごめん。アタシ、今日も部活だから」

 手を合わせて申し訳なさそうに断る氷川。

「そっか。じゃあ、一人で……」

 甘宮の身体が静止する。背後から何者かの気配を感じていた。背筋に悪寒が走る。

「あれ? この感覚、デジャヴ……?」
「甘宮亜希」

 威圧的な声で甘宮を呼んだのは、体格のいい先生だった。

「お前、今日も補習だろ」
「うがっ!?」

 甘宮は首根っこを掴まれて、先生に補習室へと連行される。

「うぎゃああああああ! ミジンコも勉強したくないっ!」
「安心しろ。今日はもう一人同類がいるから」
「そういう問題じゃないっ!」

 ジタバタと暴れる甘宮は、為す術もなく連れていかれる。氷川は真っ青な顔をして、その光景を眺めていた。

○補習室

 普段は通常の教室として使われている一室は、現在、補習室として貸し切り状態だった。甘宮は室内に無理やり連行されると、既に教室に居たもう一人の補習組の生徒を先生に紹介される。

「今日は、小桜も一緒だからな。しっかりと二人で勉強していこう」
「げ……」

 小桜よ呼ばれた女生徒が露骨に嫌そうな顔をして、甘宮を見る。小桜桃香は、一話で出てきたツインテールの女生徒だった。

「あ……! あのときの厄介なファン!」

 彼女のことを思い出し、甘宮は目を丸くして手を叩く。

「や…! 厄介ですって!?」

 身体をプルプルと震わせて、怒りを露にする小桜。

「貴方だって、女装して学校に通う、全教師から目を付けられた大問題児じゃないですか!」
「可愛い問題児、ね!」

 小桜の文句を、可愛らしくウインクして返す甘宮。

「可愛いとかいう話しはしていません! 貴方のクラウドには可愛いのフォルダしか入っていませんの!?」
「その通りだよ。可愛い私を構成する全てのデータが、可愛いからね」

 ツインテールを激しく揺らして怒る小桜と、全く動じず可愛らしい笑顔を浮かべる甘宮。そんな二人を、先生は険しい表情で見ていた。

「そろそろ、補習を始めていいかな?」
「はい……」

 先生の圧を感じて、二人は声を揃えて謝る。

 時間経過し、補習中。
 甘宮は退屈そうに、ぼーっと授業を受けていた。甘宮の隣の席に座っている小桜はチラリと彼に目を向ける。

「…………」

 甘宮の容姿は、とても可愛らしく退屈な表情も様になっている。

(……可愛い。ホントに男の子なのかしら)

 小桜はいつの間にか、ぼーっと目を奪われるように甘宮を眺める。

(ぜんぜん、男らしいとこなんて……)

 と、心の中で思ったとき、一話の件を思い出す。甘宮に壁ドンをされて耳元で囁かれた場面が脳裏に浮かぶ。ふと、そんなことを考えていたら、甘宮が視線に気付き、目線が交差する。

(――!!)

 慌てて目を逸らす、小桜。彼女の顔は、照れて紅潮していた。

「あの、すみません」

 補習をしていると、そんな台詞と共に入り口の扉が開く。女性の教師が小さな声で、補習中の先生を手招きする。

「どうしました?」
「実は……」

 コソコソとやり取りする先生を、不思議そうな顔で眺める補習組。

「あー、すまん。少し、問題を解いておいてくれ」

 用事ができたようで、軽く謝罪しながら補習室を出る先生。教室には、甘宮と小桜の二人きりになる。

「…………」

 退屈そうな顔をして、シャーペンをクルクルと回す甘宮。小桜は、そんな甘宮のことが気になって問題に集中できない。

「あの……」
「ん?」

 小桜が恐る恐る声を掛ける。声に気付いて、甘宮が小桜の方に身体を向けた。

「氷川様は……元気そうでしょうか? 体調などは、崩されていませんか?」

 小桜は俯いて、真っ白なノートを見つめながら尋ねる。

「うん。この間も学園祭に行ったんだけど、楽しそうだったよ」
「そうですか……」

 少し寂し気な表情で笑って、相槌を打つ小桜。

(氷川様が笑ったあの日……私は空蝉になったのです)
(心も身体もどこかへいって。殻だけが残りました)

 小桜は氷川のことを思い、空っぽになったようにジッと思案する。解いておけと言われた問題は、一問も取り組めていない。

(私といるときは、ただの一度も微笑んでくれなかった)
(厄介な蝉時雨よりも、大好きな人といた方がいいでしょう)

 甘宮は、哀愁漂う小桜を横目で見る。彼もまた、問題を解いていなかった。

「あのさ――」

 甘宮が声を掛けたところで、教室の扉が開く。先生が用事を済ませて帰ってきたようだ。

「少し、緊急の用でな。すまなかった」

 軽く謝罪をしながら、二人に近づく。

「さて、問題はどのくらい解けたかな……って」
「一問も解いてないじゃないか!」

 真っ白な二人のノートを確認して、言った。

「あ……」

 口を開けて、しまった…という顔をする二人。

○学校の廊下

 補習室を出て、廊下を歩く小桜。

「はぁ……私としたことが、怒られてしまいましたわ」

 ため息をついて、肩を落とした。

「ふふふっ! 気にしない気にしない!」
「貴方を教育する教師が、不憫でなりません……」

 全く気にせずに、楽しそうに後ろを歩く甘宮の姿を見て呆れる。
 甘宮と小桜は廊下から階段を下って、下駄箱にたどり着いた。

「……!」

 すると、下駄箱には部活終わりの氷川の姿があった。
 小桜の身体が、ビクンと跳ねる。視界に捉えた瞬間に、物陰へ隠れてしまった。

「会わないの?」
「合わせる顔が……ないでしょう」

 物陰から氷川を見る小桜。罪悪感を抱えて、暗い顔で話す。

「カッコいい氷川様の雰囲気が変わったとき、嫌な気分になりました」

 下駄箱で靴を履き替える氷川を、小桜は虚ろな目で眺める。

「だって、好きになった人の大好きな部分は、変わって欲しくないでしょう?」
「変化を望んだってことは、変わる前の氷川様が好きだった私を否定したってことなんです」

 小桜の瞳は、徐々に涙で濡れていく。

「悔しくて……悲しかった。だから、貴方に八つ当たりして……理想を押し付けて……最低です」
「私のような人間は片蔭から見守るだけで充分なんです」

 靴を履いた氷川は、下駄箱から歩き出し校舎から出ていく。どんどん距離が離れていき、背中が小さくなる。

「罪悪感で立ち止まるのは、償いにならないよ」

 甘宮は、小桜の腕を優しく掴む。強引に小桜の身体を引っ張って、駆け出した。

「え?」

 驚嘆するも、抗議する暇もなく引っ張られる小桜。

「学園祭に行ったとき、氷川さんは私のことをカッコよく助けてくれた!」
「君の大好きな氷川さんが、いなくなったわけじゃないよ!」

 走る足は止まらない。下駄箱で靴を履き替えず、上履きのまま校舎から出ていく。

「氷川さん!」

 名前を呼ばれて、立ち止まり振り返る氷川。
 やがて甘宮と小桜は、氷川の前まで追いつく。

「どうしたの?」

 氷川は、意外な組み合わせに不思議そうな顔で問いかける。

「…………」

 しかし、小桜は質問に答えることができずに、下を見て黙ってしまう。

「…………?」

 甘宮と小桜を交互に見比べて、言葉を待つ氷川。

「明日の自分は、今日が作るんだ」
「ずっと、このままでいいの?」

 甘宮は小桜の顔を覗き込み、向き合って優しく告げる。

「あの…私……!」

 全身の筋肉を強張らせて、氷川と向き合う小桜。

「カッコいい氷川様が好きでした!」
「凛々しく王子様みたいな姿に、焦がれていました!」

 小桜は、一歩だけ氷川に近づく。

「変わられたことを、否定したのは謝ります! 軽率な発言でした!」
「でも、こんな私であることも罪ですか? 謝罪しなければ、いけませんか?」

 小桜は泣きそうな顔で問いかけた。そんな言葉を受けて、氷川が温かく微笑む。

「大丈夫。謝らなくていいよ」

 氷川は、小桜の髪を優しく撫でる。

「アタシはカッコいい自分より、可愛い自分になりたいんだ」
「でも、それを隠してた。周囲に求められる自分でいるために、見せないでいた」

 氷川は小桜を引き寄せて、抱きしめる。

「噓つきで、ごめんね」
「君の理想でいられなくて、ごめんね」

 可愛らしく、微笑んで謝罪した。

「ぅ……ぅぅ…」

 氷川の胸に顔を押しつけて、涙を流す小桜。
 しばらく、小桜は泣き続けていた。

 時間経過。数分後、ようやく泣き止んだ小桜は、ハンカチで涙の跡を拭う。

「胸を貸していただいて、ありがとうございます」
「うん、大丈夫だよ」

 照れながらお礼をする小桜に、氷川は頭を撫でて答える。

「いけない……お化粧が崩れちゃいましたね。恥ずかしいですわ」

 ハンカチには、化粧の跡が付着している、小桜のメイクは、涙で少し崩れていた。

「化粧?」

 甘宮と氷川が声を合わせて言った。

「え…ええ……それが、何か?」

 不思議そうな顔をする小桜。彼女の前で、甘宮と氷川は目を合わせて頷く。

「小桜さん、もしよければなんだけど……」
「お化粧、教えてくれない?」

 氷川が、小桜に向かって頭を下げて頼み込む。

「へ?」

 小桜はそんな氷川の姿に、わけも分からず口を開けて戸惑うしかなかった。

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