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「足りないから、輝く」第2話

【第2話】
43730㎡の夢(3964文字)

【回想開始】

○小学校の教室(昼)

 机の上に小説を置いて、友達と外に遊びに行く小翠。

『子供のころ、周りに合わせて、自分の内側を隠した』

○1話の回想

『けど、HIPHOPのトラックを作る佐々木ちゃんと出会い』

 1話にて、佐々木にパソコンの画面の音楽制作ソフトを見せられたシーンの回想。

『歌詞を書くことで、初めて自分の中身を吐き出すことができた』

 1話にて、涙まみれで「いま、楽しいです!」と宣言するシーンの回想。

『その時に、思ったんだ』
『周りにどう思われても、これをやりたい!』

 1話にて、遠くに見えるアリーナと2人が夕陽に照らされて輝いているシーンの回想。

【回想終わり】

○ハンバーガー屋の店内(夜)

 ハンバーガー屋は、客が少なく落ち着きを見せている。
 そんな店内の端っこの席で、制服姿の佐々木が座っていた。安いハンバーガーを注文して、モソモソと小さい口を使って食べている。

「やほ、佐々木ちゃん」

 小翠はハンバーガーとポテトとジュースをトレイに載せて、佐々木の方に歩いてくる。服装は、佐々木と同じく制服姿だ。

「悪いな。こんな時間に」
「ホントだよ……まあバイトなら仕方ないけど」

 と、言いながら佐々木の正面の席に腰を下ろす小翠。

「あ、ポテト大きいサイズの頼んだんだ」

 小翠がトレイの中で、ポテトを広げて佐々木にシェアする。

「食べていいよ」
「いや、アタシ、ハンバーガーしか頼んでないし」

 断る素振りを見せつつも、佐々木はポテトを物欲しそうに見ている。

「交換じゃなくて、シェアだから」
「じゃあ、サンキュ」

 小翠のトレイに載ったポテトに手を伸ばして、口に運ぶ佐々木。
 その姿を見て、小翠は小さく笑った。

「…って、今日は飯を食いにきたわけじゃない。今後の方針について、作戦会議をしに集まったんだ」
「うん。そうだったね」

 佐々木がポテトを食べる手を止めて、真剣な眼差しになる。

「アタシたちの目標は、地元のアリーナでライブすること」
「うん」
「この目標を叶えるために、必要なのは何か分かるか?」
「やっぱり、人気かなぁ。調べたんだけど、お客さん2万人くらい入るらしいし…」
「まあ、それもそうなんだが……アタシたちは、それ以前の問題だろ?」

 小翠は分からないという風に首を傾げる。

「曲だよ! それも最高の曲だ! それがなきゃ始まらないだろ?」
「私たちの…曲……」

 生唾を飲んで、小翠は自分の中で言葉を反芻する。

「始まりといっても、簡単なことじゃない。スタートラインに立つのだって、難しいからな」
「チャレンジするっていうのは、大概、何かを費やすことが必要だ」

 佐々木は精一杯口を開けて、ハンバーガーを頬張る。口の中の食材を飲み込んで続ける。

「例えば、時間だったり。お金だったり。精神だったり。……別の可能性だったり。」

 口元についたソースをナプキンで拭う。

「それでも、進む覚悟はあるか?」

 佐々木と小翠は、真っ直ぐに向き合う。

「やりたい! 手に入れられる結果は、きっと人一倍輝いてると思うから!」

 小翠はキラキラと輝いた瞳で、宣言した。

「……といっても、ちゃんとした歌詞なんて始めて書くし、大丈夫かなぁ」
「ラップの曲も、佐々木ちゃんがオススメしてくれたのを聴き始めたばっかだし」
「ま、不安になるのは分かる。……そこで、だ」

 佐々木は学生鞄の中から、二枚のライブチケットを出す。

「明日、ライブ観に行こう!」

 小翠の目の前にチケットを差し出してニヤける。

「ええ!? そんな急に」
「大丈夫! だって会場は、すぐ近く。アタシたちの目指すアリーナだから!」

○駅の改札前(昼)

 翌日。駅の改札での待ち合わせ。小翠が改札付近でスマホを弄っていると、佐々木が遅れてやってくる。

「おはっ! 服カッコイイね」
「まあ…」

 小翠が褒めると、目を逸らして照れる佐々木。
 小翠はカジュアルな服装。佐々木はストリート系の服装をしていた。

「ライブまで30分あるし、アイスでも食べようよ」

 小翠が腕時計で時間を確認しながら、提案する。

「アタシ、パス。あんま金使いたくねえ」
「じゃあ、奢ってあげるからさ。行こうよ」
「お、おいっ!」

 佐々木の手を強引に引いた小翠は、近くにあるショッピングモールに向かって歩き始めた。

○アイス屋の前

 小翠と佐々木はアイス屋の前にあるベンチで、アイスを食べている。小翠はチョコミント味、佐々木は苺味のアイスクリームを購入していた。

「そういえば、こうして遊びに出かけるのって初めてだっけ」
「遊びというか、曲作りの一環だけどな」
「今日観に行くHIRAさんの歌って、オススメしてくれた曲の中に入ってたよね」
「ああ、あの人の曲、好きなんだ」

 佐々木はアイスを食べ終わって、ゴミを近くのゴミ箱に捨てる。

「韻を踏みながらも、情景が浮かぶような緻密な歌詞リリック。キツイ幼少期をさらけ出して武器に変えるスタイル。そして、自身でトラックメイクもしてる多彩さ。凄いと思う」
「へえ……私はまだピンときてないけど。すごく好きなのは伝わってくるよ」

 佐々木は楽しみすぎて、喋りながらも目を輝かせて笑っていた。
 小翠もアイスが食べ終わり、席を立つ。

「よし。じゃあ、行くぞ!」
「あッ!」

 佐々木はライブ会場に向かって歩き始めるも、小翠の大きな声で足を止めて振り返る。

「どうした?」
「べろ、緑になっちった…」

 いつの間にか手鏡も取り出していた小翠は、舌を見ながら笑った。

「……はぁ。置いてくからな」

 呆れた顔で歩き出す佐々木。

「え、待ってよ!」

 小翠は先を歩く佐々木を、急いで追いかけた。

○アリーナ内

 アリーナ内の後ろの方にある、自身の座席に座る二人。会場は満員で、人が多い。

「わあ…! 人がいっぱいだ!」
「当たり前だろ」

 小翠は辺りを、キョロキョロと何度も見回している。
 一方佐々木は落ち着いて座っているようにみえて、少し身体が揺れていた。

「もうすぐ始まるな」

 アリーナ内にある時計を見て、佐々木が呟く。
 すると、会場に爆音が響き渡り、照明による演出が始まる。

「っ!」

 小翠が音に驚いて声を上げるも、周囲の人の歓声でかき消された。

「佐々木ちゃん!? どうしたの!?」

 佐々木はいつの間にか立ち上がっており「おおおおおおっ!」と手を挙げて興奮している。
 そんな普段とは異なる様子に、小翠は驚いた。

(違う……おかしいのは、佐々木ちゃんじゃない。――――私の方だ!)

 会場を見渡すと、佐々木と同じように全ての人間が盛り上がっている。

(私以外の全員! 二万人の他人が、たった一人に熱狂してる!)
「いくぞおおおおおおおッ!」

 ステージにラッパーが現れて、歌いだす。更に会場が盛り上がる。

(なんだこれ! CDで聴いた時よりも、喰らう!)

 小翠の身体が揺れだす。

(これが、ライブ! 聴覚だけじゃない、音を五感で体験しているんだ!)

 盛り上がる周りにつられて、小翠も手を振って歓声を上げる。

『たった一人の人間が――――』
『約二万人! アリーナの敷地面積43730㎡をマイク一本で掌握していた!』

 歌声と歓声が響き合う、会場は大盛り上がりだった。

○アリーナ付近(夜)

 ライブ終了後。アリーナの外に出た二人。周りにも似たような人がたくさんいて、混雑している。
 二人は混雑を避けるため、アリーナ付近の人だかりの少ない、駅とは真逆方面のスペースにいた。

「ライブ……どうだった?」

 汗を拭いながら聞く佐々木。

「凄かった! めちゃくちゃ迫力があって! ビックリしたよ!」
「だろ?」
「けど――」

 小翠は遠い目をして、アリーナの方を向いた。

「ここを目指してるのかぁ……って」

 声のトーンが下がり、目元に影が落ちる小翠。

「私には、あそこでライブしてる未来なんて、見えない……かもなぁ」
「……小翠」
「弱気…かもしれないけど、本心だよ。それだけ、私は足りてない」

 佐々木は小翠の隣に移動し、肩を並べる。

「アタシが初めてHIRAのライブを見たのは、路上だった」
「え?」

 小翠は虚を突かれたように、驚いた。

「その時のアタシは凄く悩んでいて、まさに泥の中にいるようだったんだ」

 目を閉じて、路上ライブを見た日を思い出す佐々木。

【回想開始・六年前】

○アリーナ近くの人通りが多い道

「いつか、このアリーナでライブするんで!」

 六年前のHIRAが路上で叫ぶ。
 HIRAが路上ライブをしている。ほとんどのライブを見ずに人が通り過ぎる中、小学生の佐々木は立ち止まって曲を聴いていた。

「全く売れていないラッパーの路上ライブ。機材も何もあったもんじゃないステージで、彼は歌っていた」
「カッコよかったよ。ヤバイヤツは、路上だとかアリーナだとか関係ない。現在地が、たとえ泥の中でも輝いてるんだって」

【回想終わり】

「泥の中でも……」

 震えた手で胸を抑える小翠。鋭い目でアリーナを睨む表情からは、決意を感じる。

「未来なんて、誰も見えないよ。けど、だからこそ、自分で作ることはできる」

 佐々木はアリーナに背を向けて、小翠に対面する。

「今度ここに来るときは、ステージに立つ側だっ!」

 挑戦的な笑みで、小翠に向かって拳を突き出す。

「今日のライブ……カッコよかった。私も、あんな風に歌えたらって思えた!」

 小翠は佐々木の拳に自分の拳をぶつける。

「今度は、ステージで楽しもうね!」

 小翠も挑戦的な笑みを浮かべて言った。

○ボロい団地(夜)

 佐々木は音を立てないように、静かに扉を開けて玄関に入っていく。
 部屋の中は酒瓶やゴミが散乱しており、虫が湧いている。いつ捨てたのか分からないカップラーメンやコンビニ弁当のゴミが、そこら辺に捨てられていた。
 またタバコの灰が至るところに落ちていて、壁が黄ばんでいる。
 佐々木はそんな荒れた部屋を、何事もないかのように歩いて行く。

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