見出し画像

ライン随想録 ヨーデルテープありますか

ライン随想録 1996年 井浦幸雄

随想録

スイスのバーゼルに仕事のため移り住んでから約7年になる。
ちかごろはあまり行かくなったが、最初のころはよくアルプスの山々を見にでかけた。
なかでも、ユングフラウ地域はもっともポピュラーなところで、 アイガー、 メンヒ、ユングフラウの三大名峰を中心に万年雪をいただいた四千メートル級の山々が連なっている。

グリュンネルワルドから登山電車でユングフラウヨッホまでいくルートがよく知られおり、日本からも観光客がくきている。
最近では、単に登山電車に乗るだけでなく、ハイキングをくみあわせた観光も人気がでているらしい。
山々の美しい景観をながめながら、スイスの山道をあるくコースは数多くあるが、この地域ではグルントからロープウェイでメンリッヘンの頂上まで行き、そこから約一時間半のゆるやかな下り道をクライネシャイデックまで歩くハイキングコースは、それほど負担にもならず、数多くの人でいつもにぎわっている。

妻と二人でこのコースをたどっていたころ、約二十人ほどの中年から初老の日本人観光客グループといっしょになった。
良い天気にめぐまれ、景色もよく、みな満足しているようすであった。
ハイキングも終わりに近づいたころ、クライネシャイデックちかくの観光みやげ店にたちよった。
絵はがきとか登山帽とかいろいろ売っている小さな店である。

すると、さきほどの日本人観光客が二人ほど店にはいって行き、そのうちの一人が日本語で、「ヨーデルテープありますか」とごく自然な口調で店員にたずねた。
店員もなんら不思議そうなようすもなく、奥にいき、ヨーデルのテープを一本もって出てきた。
日本からきたばかりで、そう外国語の会話が得意とも思えない人たちであったが、堂々と日本語を自然な口調で話して意思を通じさせている様子には、なかなか感銘をうけた。
スイスの観光地には色々の国から人がくるので、みやげもの店の人も外国語をあまり話せない客に応対するのがうまいのかもしれない。

考えてみると、なれない外国語、 この場合はドイツ語とか英語を話してどぎまぎするよりも、自分の国のことばで堂々と話したほうが、十分に意思の疎通ができるのかもしれない。
この店にきて「ヨーデル、テープ」 とだけいえば、これを買いたいのであろうということは想像がつく。
さらに「ありますか」としり上がりの疑問文できけば、様子がさらにわかるにちがいない。
人間の言葉は共通しているものが多いので、ゼスチャーとか、場合によっては、数字、絵をくみあわせることにより、ほとんど言葉が通じないときにも、意思を通じさせることができるような気がする。

スペイン北部の港町サンセバスチャンに行ったときのことである。
とあるレストランに入追加注文であさりの酒蒸しをたべたくなった。
ところが「あさり」というスペイン語がわからない。
「クラム」 という英語も通じない。
しかたがないのでまるを上下に二つくっつけてかき、下のまるのほうに渦巻き状のものを描いて、開いたあさりを描いたつもりでいた。
この絵を首をかしげてしげしげと眺めていた店員は、 突然「セルビシオ!」 とさけんで手まねきし、トイレまでつれていってくれた。
描いたものが、トイレ= 「セルビシオ」に違いないと思ったらしい。
「ノー、ノー」と言い、ものを食べる動作をしたところ、 あさりを皿に入れてもってきてくれた。
「アルメハス」というのがあさりのことらしい。
スペインに行ったら、この言葉はけっして忘れないだろうとこの時思った。

イタリアのフィレンツェに行ったときのことである。
妻がかぜをひいてしまい、熱をはかりたいので体温計を買ってきてほしいという。
近くに薬局めいたものがあったので、中に入り、「サーモメター」はないかと店員にきいた。
ところがぜんぜん通じない。
しかたなく体温計の絵を紙に書いてその店員にみせた。
店員はしきりと首をかしげ、まわりにいた客も二、三人あつまってきて紙をのぞきこんでいる。
そのうちのひとりが 「テルモメータ!」と大声でいった。
奥からぶじ体温計がでてきた。

自分がそれほど得意でない外国語をさも知っているように使うと、 話が続かなくて困ることがある。
十数年まえ、パリでタクシーに乗り、ひとつしか知らないフランス語の文章 「ジュシ・ファティゲ (つかれた)」といった。
それを聞いた運転手は喜んでペラペラとフランス語ではなしかけてきた。
なにもわからない私は、うしろの座席で目をつぶってただだまっていた。

老齢プログラマの所感

ユングフラウヨッホに行った事があるので、その時の写真を使いました。
井浦さんの文章を読むと、スイスアルプスの雄大な景色の山歩きの景色を思い出されます。
もう一度行ってみたい外国です。

言葉については、中国で似たような経験をしたことがあります。
私は中国語を少し学んでいたので、会話が難しく感じられました。
しかし、中国語を全く知らない妻が公園で朝の体操をしている老人と身振り手振りで話している様子を見ながら、「外国語なんて全く知らなくても度胸だけで通じるんだな」と妻に感心しました。


補足

この記事は1997年頃の「ライン随想録(井浦幸雄さん)」の復刻版です。
当時、私の故郷の「おふくろの味」を井浦さんがWebに載せて下さった。
この記事は住職の息子によって今も公開されています。
しかし、井浦さんの「ライン随想録」は今やどこにも見当たりません。
それで、当時お世話になったことを思い出し、復刻することにしました。


【ライン随想録】
ライン随想録 インターネットと私(その3)ブラウザー
ライン随想録 インターネットと私(その2)電子メール
ライン随想録 インターネットと私(その1)概況
ライン随想録 ヨーデルテープありますか(本記事)
ライン随想録 危ない目にあったことありますか
ライン随想録 スイス・ドイツ語
ライン随想録 人の行く裏に道あり花の山
ライン随想録 円高はこわくない
ライン随想録 規制緩和本当にお好みですか
ライン随想録 中世都市バーゼルの路面電車
ライン随想録 エジプト旅行と体調
ライン随想録 ごみ処理とリサイクル


いいなと思ったら応援しよう!

老後の生き方はプログラマ🎈
よろしければサポートお願いします! いただいたサポートは全て『「思い出の場所」の記事とGoogle地図を関連付けるWeb地図アプリ』のLancersでのプログラミングの外注に使わせていただきます。 よろしくお願いします。