A4小説「タコ焼き・正ちゃん」

 「嫌ってほどではないんですけど、いろいろ聞いてくるんですよね、堀口さんって。当然仕事の話なんかは普通にするんですけど、手のこの火傷?の話をした頃からプライベートなことも聞かれだして。家賃のことなんか聞かれたときは『ああ、さすが関西人。』って、あ、偏見ですかね、思っちゃって。他には好きな食べ物とか俳優?お菓子とか韓流とか適当に答えてますけど。あ、学生時代どんな感じだったのかとかも聞かれたことあります。休みの日の過ごし方とか?これハラスメントですよね。だんだん気持ち悪くなってきた。でも連絡先とかは聞いてこないんですよ。私に興味があるんだか無いんだか。私?私は別に意識してないですよ。まあ、ナシ寄りですかね。」
 「普通の会社員やってますよ、喜多嶋さんは。事務ですけど、お客さんと直接話すこともあります。注文とか納期のこととかで。一人暮らししてるみたいですね。家賃はあの辺りで9万円くらいって言ってたから、防犯もしっかりしてるんじゃないですかね。女性でも安心だと思います。好きな食べ物も今どきな感じですかね。あ、自炊は結構やってるみたいですよ。カレーとか作るときは玉ねぎとか人参とか全部みじん切りにするみたいでストレス発散になるって言ってました。だからカレーは食べたいときに作るんじゃなくて、作りたいときに作るんですって。トマト缶が必須だそうです。あとやっぱりテレビはあまり観ないみたいですね。好きな俳優を聞いても韓国の人みたいで僕も分からないですよ。動画配信のドラマがほとんどみたいですね。自分のペースで観れるからいいのかも。学生時代はソフトボール部だったって言ってましたよ。ショートでレギュラーだったって。僕は野球部だったからそのあたりは話がしやすかったですね。僕?僕はサードコーチャーですよ。大事なんですよ、判断が難しいときもあるんだから。まあ、そのくらいですかね、今まで聞けたことは。学生時代の彼氏とか今の交際相手のことなんて聞けませんよ、ハラスメントになりますから。それに、僕が喜多嶋さんに興味あるみたいに思われるじゃないですか。綺麗な人だとは思いますけど、僕は今はウサギのヨーコと一緒に住んでいるので満足なんです。散歩も毎日するんですから。」
 「左手の甲の火傷は俺が付けちまったんだ。あいつが2歳のとき、酔っ払って、女房とケンカして、そのへんのものを投げ散らかしてたら熱々のフライパンがあいつの方に飛んでいってジュッだ。輪っかの形に跡が付いちまった。大泣きしてたよ。そのときは謝りもせずに家を出たが、とても後悔してる。左手といったら指輪をはめる側だ。嫌でも目立つ。直後に離婚したがそれは正解だった。見ての通り、指先のない手でタコ焼きをひっくり返す毎日だ。忘れたことは一度もなかったが、会いたいとも思わなかった。ただ元気でいてくれればそれだけで良い、そう思っていた。火傷からの些細な話が、まさかここまで発展するとは思わなかったよ。いろいろ話が聞けて、あんたには感謝してる。」
 「昼休みに堀口さんからタコ焼きもらったんですけど、私、歯磨いた後だったんですよね。でも食べてみたら美味しくて。とりあえずお店の場所聞いておきました。休みの日にでも行ってみようと思います。嫌ですよ、一人で行きます。でもウサギを抱いた堀口さん見たら笑っちゃうかも。」

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