A4小説「節分2024」
京都市は中京区に包装資材を取り扱う小さな会社がある。社員数は40人程度であるが、居心地が良いのか退職者は少なく、定年で辞めていった後すぐに若い社員が入社するというサイクルで老若男女が一同に働いている。
その小さな会社は包装資材を扱うとあって、数多あるイベントごとに様々な注文が入ってくる。特に、クリスマスやバレンタインデーなど贈り物を伴うイベントの際には、キラキラしたものや半分が透明になった袋などシャレたものが多く、働いている従業員たちの表情もいくぶん明るくなっているように感じる。
そんな包装資材の会社であるが、社内でのイベントにも力を注いでいる。中でも1番古くから行われているのが「節分」である。内容はいたって普通であり、鬼に豆を投げる。ただ、鬼に扮するのは社長を含めた課長以上の上役で、豆を投げるのは係長以下の従業員と決まっていた。
はんなりとした京都市の、小さな包装資材の会社で、業務そっちのけで行われる節分祭が今年も幕を開ける。
「給料を上げろ!」「休みを増やせ!」「支給のお茶が足りない!」などと、皆それぞれの想いを口にしながら豆を投げる。投げつける。1粒1粒に念を込めるようブツブツと独り言を言いながら投げる者もいる。「奥さんとはいつ別れるの!」「僕とは遊びだったんですか!」と、もう1度じっくり聞いてみたいような言葉も飛び交う。
数年前でこそ「いたいいたい(笑)。」と笑いながら豆を蒔かれていた社長ら経営陣であったが、近年は豆の投げ手が暴徒化寸前とあり、コロナ禍に取り寄せていたフェイスシールドで頭部を保護している。
ひとり、休日はサバイバルゲームに興じている社員がいる。その男は先日、上司と訪れた営業先で、先方に出された「瓦せんべい」を4枚重ねて食べるというパフォーマンスを披露し、前歯1本と引き換えに数点の受注を取り付けた。ただそのパフォーマンスは自ら提案したものではなく、その上司から言われた半ば強引なものであった。その男には、その上司を恨むのに十分な理由があった。
男が用意した豆はそもそもサイズの大きい「そら豆」。その豆にカカオ90%のブラックチョコレートをコーティング。さらに水飴を回しかけ、固まる直前に荒く砕いた金平糖をまぶしたという特製品だ。四条で購入した山椒入りの七味もアクセントに加えている。
毎日同じ時刻に集荷に来る運送会社のトラックのドアが開く音、それを合図に男は上司の顔面をめがけ渾身の力で自作の豆を投げつける。中学時代は野球部で投手だ。コントロールには自信がある。コントロールが良かっただけでバカスカと打たれるために補欠だったが。
思い描いた通りの軌道を特製そら豆は飛んでいく。チョコレートの付いたエプロンが走馬灯のように男の頭の中をよぎる。フェイスシールドを貫通し、歯を砕き、特製そら豆は憎き上司の口内へと沈んでいった。見届け振り向いた男の内心は踊っていた。上司は山椒のかすかな香りに、まだ少し遠い春の足音を感じ取った。