A4小説「ちらし」

 得意先での商談を終え、いったん宿に戻ってきた。香川県への出張は4度目で、うどん・うどん・骨付き鳥と、これまで名物らしいものを食べてきていた寺嶋恭一は、夕飯はもうコンビニでも良いかな、と考えていた。しかし右手が勝手にスマホを取り、指が勝手にグルメサイトを検索し、目は勝手にその画面を覗いていた。
 少ししてスクロールが止まり、巻き戻すように親指を滑らせたのは、これまでに見たことのない「評価☆5」を目撃したからである。評価数は地方都市らしく16件と少ないが、その全員が満点をつけるのは異常事態に思えた。どうせサクラだろうと思い内容を見てみると「ちらしがうまい。」「鮮度バツグン」「思考停止」などテンション高めのコメントが多く、寺嶋は読むことを途中でやめ、どんな料理が出てくるのかを想像していた。「鮮度バツグンのちらし」ということは瀬戸内海で獲れた活きの良い魚介類を、海鮮丼のように贅沢にちらした寿司ではないだろうか。想像から仮説を立てイメージが固まってきたときには、感情と直結した胃袋が波打つように音を立て、両足のスリッパは革靴へと履き替えられていた。
 丸亀町商店街の筋違いにあたるライオン通商店街は、高松駅から遠くもないがほんの少し歩くといった距離だった。洋食レストランや居酒屋などが立ち並び、賑やかな夜をいっそう明るくしていた。そこから横断歩道を渡ってすぐのところに「ほし川」はあった。店名に漢字と平仮名が混在しているのは割烹や料亭を彷彿とさせる。
 「いらっしゃい!」「しゃあせーぃ!」と数人の威勢の良い声が出迎えてくれる。どうやら寿司割烹のようだなとカウンターに陣取り品書きに目を向け「ちらし」の文字を探す。あった。焼きちらし。「焼きちらし」?これはもしかして、寿司によくある炙ったネタをちらした寿司なのだろうか。評価は☆5。間違いなく美味いに決まっている。気が付けば目を閉じ、炙りの香ばしい感覚を脳内で思い出していた。口元の緩みを我慢することができなかった。
 「大将、焼きちらしをひとつ。」「え、焼きちらしですかい?」「あ、どうかしましたか?」「あ、いや、焼きちらしは食事の最後に注文される方が多いもので。おい!焼きちらしいっちょう!」「へい!焼きちらしいっちょう!」なるほど、焼きちらしは食事の最後に〆の1品としてオーダーされるものなのだ。しまったな、と内心で思ったが、胃も口もちらし寿司のつもりで準備をしていたので、もう後戻りはできなかった。どんどん大きくなる胸の高鳴りを、冷えたキリンビールを流し込むことで落ち着かせる。
 しばらくして目の前に置かれたのはポップコーンだった。
 香川県と徳島県の県境に位置する山間部で育った大将は、幼少期、2週間に1度やって来るポン菓子屋さんをとても楽しみにしていた。米で作られることが多いポン菓子であるが、米に限定されず、玄米や乾燥させたトウモロコシでも加工をすることができる。この、乾燥させたトウモロコシに圧力をかけ破裂させたものがポップコーンであるが、大将は「豆を焼いて散らしたもの」として「焼きちらし」と呼んでいる。


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