A4小説「パワハラ会議」

 「お前、もう考えたの?」「『お前』がもうすでにパワハラだからな。」ミーティングを翌々日に控えた管理職の武藤と加藤は、まとまらないアイデアをなんとか形にしようとしていた。ミーティング内容は「社内におけるパワーハラスメントについて」で、「パワハラをしない・させない」が表向きの議題だった。表向き、というのは総務部より「パワハラに当たるか当たらないかのギリギリのラインを見極めたい。『どうすればパワハラがパワハラでなくなるか』を一人一案持ってこい。」という指示があったからだ。
 部下を「お前」と呼ぶことはもちろん、ニックネームを付けてもいけない。髪型を変えたかを問えばセクハラになり、命令口調だとモラハラだと言われる。これまで当たり前のようにしてきた部下との接し方も、どんどん見直さなければならなくなってきていた。ただ、ひと言めで「パワハラだ!」などと言われると、上司は部下に何も言えなくなり、コミュニケーションが一切取れなくなってしまう。そこでなるべく波風を立てず、丸く叱責する方法はないものかと総務部がアイデアを募ったのだった。
 「俺たちの若い頃では考えられない。」武藤は多くの昭和生まれの管理職が漏らしたであろう台詞を口にした。「叱咤激励には愛情も感じたもんだ。」昔を懐かしむように加藤は同意した。
 武藤と加藤は同期であり、無糖・加糖とかけてコーヒーコンビなどと呼ばれた。「美藤(微糖)でもいればトリオだったな!」などと上司や先輩に言われても特に嫌な気にはならず、一緒にケタケタと笑っていた。
 「考えられないといえば、この間部下がリフレッシュ休暇だと1週間の有給届を出してきたよ。」武藤の顔も見ずに加藤は言った。「この間って、連休が終わったばかりじゃないか。ゴールデンウィークじゃリフレッシュはできなかったのか?」「知らんよ。そういうやつは休みが何日あろうがリフレッシュなんてできないんじゃないの。」「昔のサラリーマンは日々の晩酌で英気を養っていたもんだ。毎日全力で働いて、一杯目のビールの旨さといったら言葉にならなかった。」「働き方が変わって、公私が中途半端になったのかもな。」「中途半端ねぇ…。」「あー…。」中途半端という言葉で加藤はひとつの案を思いついた。それは部下を叱責したあとで、すぐに何かしらのフォローを入れて、それまでの叱責をマイルドにするというものだった。「それはいいな。」「フォローの言葉をお互い考えて、それぞれ発表しようぜ。」「そうだな、うまくまとまりそうだ。」
 「しゃべってもダメしゃべらなくてもダメとは八方塞がりじゃないか。」出席者のほとんどはパワハラという概念が身に染みていない世代だった為、ミーティング自体は円滑には進まなかった。「昔は普通だった言葉づかいが、キツく取られる場合が多いように感じます。」加藤が話し始めた。「つい怒鳴ってしまったときなどは我々も一度冷静になって、すぐにフォローを入れてみるのはどうでしょうか?『そんなこともできないのか!』の後に『良い意味でもある。』と付け足し伸び代があることを伝える。」加藤が例えてみせたとき、それまで暗かった出席者の顔色がいくぶん明るくなったように見えた。次に武藤も同様に、叱責のあとに一言付け加えて披露した。「そんなこともできないのか!ぽよ。」「幼稚園からやり直してこい!ぽよ。」
 「ぽよ。」が採用された。


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