A4小説「風の日2024」
ずいぶんとのどかなところへ引っ越してきた。アパートは田畑に囲まれ、戸を開けるとすぐそこに農機具の置かれた納屋がある。職場に近すぎるのも嫌だったので、歩くには遠いが車だと10分とかからない、少し離れたところに部屋を借りた。静かで、良いところだなと思った。
愛媛県四国中央市はその名の通り、四国の中央に位置する。紙の町として知られ、製紙工場や紙に関わる企業が多い。その中のひとつの工場の、倉庫係として田辺は働いていた。志望動機は「フォークリフトの免許を持っているから」だったが、中途採用の面接でそう答えるはずはなかった。
「さっき放送で『やまじ風』が吹くって言よったわ。」とは、夕方資材の配達に来たおじさんの言葉だった。聞き慣れないワードがあったのでスマートフォンを取り出して調べてみる。「やまじ風:愛媛県東部の四国中央市などで見られる南よりの強風のこと。春や秋に多い。日本三大局地風のひとつ」とある。「日本三大局地風」という文字も初めて見たが、へえ、と思っただけだった。「せっかく納品に来たけんど、明日の朝もう一回来るわ。」と言っておじさんは資材を下ろさずに帰っていってしまった。強風でトラックが煽られると怖いので、荷物を積んだ重い状態のまま走行したいとのことだった。急ぐものではなかったので、明日の朝に来るならいいかと、そのままタイムカードをきって田辺はアパートへ帰った。
その夜の風は想像を超えるものだった。何かしらの災害が起こり、明日にはニュースになるぞと思うほどだった。ゴオゴオという音で睡眠も十分に取れなかった。しかし翌日、被害があったという話も聞かずニュースにもなっていないようだった。聞くと過去には電柱が倒れるほどの強風もあったそうだが、地元の人たちは普段から心構えができているようで焦る様子などはほとんどなかった。
数日経ったある日、やまじ風ほどではないが、田辺の住む地域は風の強い日が続いていた。きっと皆、風には慣れているんだろうなと思っていた田辺は、これだけ風が強いと洗濯物が乾くのも早いのではないかと考えた。そして干してみた。1時間が経過しどれほど乾いているかを楽しみにしていた田辺が見たものは、風に飛ばされ地面に落ちた洗濯物たちだった。ひとつ残らず落ちていた。田辺の中の何かに火が点いた。すぐに車に乗り込みホームセンターへと向かった。ほらあったこれだと手にしたのは物干し竿だった。それはハンガーを引っかける穴のついた特別な物干し竿だった。これでいくら風が強くとも洗濯物が飛ぶことはあるまい。洗濯をし直した田辺が1時間後に見たものは、物干し竿ごと飛ばされ地面に落ちた洗濯物たちだった。田辺は怒りを通り越して笑っていた。強風をライバル視していた。車に飛び乗りチェーンを買ってきて物干し竿に巻き付け固定した。これでゴジラが火を吹いても洗濯物は飛ばされまい。その後数日間、風のない穏やかな日が続いた。チェーンの巻き付けられた物干し竿が、やけに物々しく見えた。