A4小説「高級車爆破事件」
東京をはじめとする複数の都府県で同時多発的に爆発事件が起きたのは午前2時20分だった。それぞれの高級住宅地とされる地域で家の駐車場に停めてあった高級車が爆破されたという。共通点は車庫のない家庭だったことと、車以外には目立った損壊はなかったこと、そして全てのケースで運転席に血痕が残されていたことである。不思議なことに遺体のようなものは無く、血液もその家に住む住人のものではなかった。現場に残された足跡をひとつの手掛かりに、警察は捜査を始めようとしていた。
ひとりの刑事はまず、爆発は高級車の誤作動ではないかと考えた。年式に多少の違いはあるものの同一車種で、発火場所も似た箇所だったからだ。電子制御されているシステムや回路、またはセンサーに異常があり、何かのはずみで発火したのではないか。しかしそれなら運転席に残された血痕の説明がつかない。そこで次に、いたずらがエスカレートしたという線で考えてみた。裕福な家庭に対し全く的外れな妬みを持つ者が、その嫉妬心から虫の居どころが悪い時にいたずらのつもりで爆発物を投げ入れた。そしてその際に手を離すタイミングを誤り、至近距離で爆発し負傷した。しかしこの場合、爆発物を車内に投げ入れるための隙間が必要となり、被害にあった全ての車の窓が開いていないといけない。「全ての」という意味ではそもそも、同様の爆発が遠く離れた場所で同時多発的に発生しており、全国各地のひねくれ者たちが一斉に犯行に及んだとは考えづらかった。「高級車」「爆発」「血痕」それらのワードがぐるぐると、頭の中を駆け巡るだけだった。
爆発事件から遡ること数週間、各地の自動車窃盗団のもとにひとつの案内が届いていた。内容は、それぞれの高級住宅地にある高級車を同日同時刻に一斉に盗難し転売する。ニュースになり対策が打たれる前に多くの高級車を一度に盗難してしまおうというものだった。タブレット端末を操作しての盗難方法や犯行当日の人員配置など細かい打ち合わせを行うということで、必要最低限の人数が集められレクチャーを受けた。それぞれの地域で行う予行演習の日時や服装・所持品までを決めるといった力の入れようだった。実際に犯行を行う人物は足の速さや器用さを確認するためのテストを受け選定された。その他、防犯カメラの位置や時間帯による交通量・通行人の数、盗難後のルートや道路工事の予定などが、本場までに慎重に、時間をかけてじっくりと調べられた。
自動車保険の新商品を考案する部署に勤めていた坂口は、半ばやけっぱちで自動車を盗難された人向けの保険を考えていた。それは、表向きは「自動車を走行不能にし盗難を防止する。」というものだったが、実は「どうせ盗まれるくらいなら運転席を爆発させ、死なない程度に犯人にダメージを与える。」というものだった。不正にロックが解除され、キーを持たないままペダルが踏まれると運転席で小規模な爆発が起こる。装置の取り付けと爆破後の修理・清掃費用を保険で賄う。「そんな馬鹿げた保険、通るわけがない。」とうっかり採用の印を押した上司の予想は外れ、スルスルとすり抜け採用・販売された。衝撃などによる誤爆の危険をかえりみず、保険の加入者たちは愛車を守ることを選んだ。過激な内容なだけに自動車愛好家たちの間からひっそりと広まっていった。ちょうど各地の窃盗団が集まり、盗難の計画を企て進行しようとしていたときだった。