7.債権差押命令(その4)
三日後。津山総合法律事務所。今年入所の新人藤堂新之助弁護士が応対した。藤堂さんはウチの事務所に久しぶりに現れた期待の星である。今年25歳。
男の俺から見ても抜群のイケメンだ。
その藤堂弁護士が口をひらく。俺は横に座っていた。
藤堂「事務所にお越しいただいたのは、提案が機密性を要するものだからです」
金山「どんな手を?」
藤堂「債権差押命令の申立てをします」
金山「それって…預金口座を押さえるというやつですか?」
藤堂「そうです。裁判所の命令が届いた時点にある預金をがっちり押さえることができます」
本件のような預金の差押えの場合、金山が債権者、西川が債務者、その西川に預金支払債務を負う銀行が第三債務者となる。
金山「お言葉ですけど。既に探偵に頼んで調べてもらってます。西川の口座に現金はありませんよ。30円だけでした」
藤堂「分かっています」
金山「え…金が入ってないのに差押えして意味あります?」
藤堂「お金が入るように仕向けるのですよ」
金山「どうやって?」
藤堂「西川さんはスポーツクジでひと山当てたとおっしゃいましたよね?」
金山「ええ。それが何か?」
藤堂「つまり彼はギャンブル好きだということ。彼に投機性の高い儲け話を勧めたら…」
金山「あっ、なるほど…。乗ってくる可能性がありますよね。そして金融商品を買うには銀行の口座に事前に入金しとかなければならない」
藤原「これ以上は金山さんの推測にお任せして、藤堂も私も何も語りませんので」俺たち二人はニヤリとした。
金山「え、どうして?」
藤原「我々は事情を知らない方が良いのです。あなたも知らない方が良いぐらいです」
金山「…そうか。詐欺と疑われる可能性があるわけか」
藤堂「いや。自分の口座に入金させるだけですから詐欺罪の構成要件である『財物を交付させた』に該当することはないでしょう」
刑法第246条1項『人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する』と規定されている。
第三者に交付させたときにも成立する場合があるとされるが、その第三者が詐欺者の支配下にあるような場合に限られる。銀行がそれに該当しないのは明らかだ。しかも自分の預金口座だ。
藤原「ただ、万が一にも疑われるような事態は回避した方が得策です。あくまでも彼が自発的に自分の金を自分の口座に入金する、それが目的だからです」
金山「分かりました。西川の友人を経由して上手い投資話を持ちかけさせましょう。流行りの暗号資産など、あいつがすぐに食いつきそうな話を」
藤原「よろしくお願いします」
この手法は俺が考案したもの。ただ、グレーゾーンに少し足を踏み入れている気がするので、津山・藤堂の二人の弁護士とで法解釈についてすり合わせしたということだ。
過去の事例や判例を遡って調べ、詐欺罪に該当しないと見極めることができた。相手の銀行口座に入金させたところで、その金を自分の支配下に置いたとは評価できないからだ。
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