Masatoshiさん

大阪のとある法律事務所に勤務する事務職員です。ここで起きる出来事をお話ししていくつもりです。もっとも。実際の事件については守秘義務がありますので、雰囲気が伝わるようストーリー仕立てでお伝えしたいと考えています。ライトノベル感覚でお読みいただければ幸いでございます。

Masatoshiさん

大阪のとある法律事務所に勤務する事務職員です。ここで起きる出来事をお話ししていくつもりです。もっとも。実際の事件については守秘義務がありますので、雰囲気が伝わるようストーリー仕立てでお伝えしたいと考えています。ライトノベル感覚でお読みいただければ幸いでございます。

最近の記事

7.債権差押命令(その8)

※本件の法的紛争の概要  金山は友人の西川に事業資金として200万円を貸したものの、返済してくれない。西川がスポーツくじで400万円の賞金が当たったと聞いて、民事執行手続を取り西川の自宅アパートに踏み込むも全く回収できなかった。  相談を受けた俺は債権差押命令の申立てを提案する。 藤原「ところで、銀行から陳述催告の回答が届きました」 金山「チンジュツサイコク…なんですかそいつは?」 藤原「ええとですね…」  陳述催告の申立てとは、債権差押命令の申立てと同時になすもので

    • 7.債権差押命令(その7)

       さて。あとは作戦実行あるのみだ。金山が共通の友人を介して、西川に暗号資産の投資話を勧め、その気にさせる。その友人から入金しそうな日を聞きとる。そこらは慎重に探る必要がある。あくまでも入金後に差押命令が届く必要があるからだ。  その入金日から逆算して4、5日前に申立書が第28民事部に届くように手配する。つまり、5月24日が入金日とする。5月19日に速達で発送すれば翌20日には裁判所に届く。24日発令、特別送達で差押命令が銀行に発送されるが、これは書留郵便だから翌25日に届く

      • 7.債権差押命令(その6)

         俺は債権差押命令申立書を起案する。必要書類は、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録、そして債務名義である。  当事者目録とは、申立人である債権者、相手方である債務者、第三債務者である金融機関について、住所・所在・名称を記載する。本件では債権者が金山、債務者が西川、第三債務者が恵比寿銀行中央支店である。  請求債権目録とは、債権者のどういう請求権に基づいて差押をするのかを表示するものだ。本件では金山の西川に対する貸金債権ということになる。元本額200万円と利息の額が記載

        • 7.債権差押命令(その5)

          ※本件の法的紛争の概要  金山は友人の西川に事業資金として200万円を貸したものの、返済してくれない。西川がスポーツくじで400万円の賞金が当たったと聞いて、民事執行手続を取り西川の自宅アパートに踏み込むも全く回収できなかった。  相談を受けた藤原たちは債権の差押を提案する。  金山が来る前、俺は藤堂さんと打ち合わせをした。今回の作戦について擦り合わせておかなければならない。  どんなに優秀な弁護士といえども、裁判手続の実務を十分把握しているとは言い難い。特に新人の頃はな

          7.債権差押命令(その4)

           三日後。津山総合法律事務所。今年入所の新人藤堂新之助弁護士が応対した。藤堂さんはウチの事務所に久しぶりに現れた期待の星である。今年25歳。  男の俺から見ても抜群のイケメンだ。  その藤堂弁護士が口をひらく。俺は横に座っていた。 藤堂「事務所にお越しいただいたのは、提案が機密性を要するものだからです」 金山「どんな手を?」 藤堂「債権差押命令の申立てをします」 金山「それって…預金口座を押さえるというやつですか?」 藤堂「そうです。裁判所の命令が届いた時点にあ

          7.債権差押命令(その4)

          7.債権差押命令(その3)

           金山は、知り合いの司法書士に頼んで書面を作成してもらって民事執行(動産執行)に踏み切った。民事執行法122条に基づく。  ある日、執行官と共に西川のアパートに踏み込んだ。 西川「わっ、なんです」 執行官「民事執行です。動産に対する差押を行います」と裁判所の決定を提示。  扉の外に金山が立っているのを見た西川は、 西川「金山さん!これはどういうことです!」と喚いた。 金山「どうもこうもないよ。君が借金を返してくれないからじゃないか」 西川「ですから、必ず後日返し

          7.債権差押命令(その3)

          7.債権差押命令(その2)

           土曜日の午後3時。俺は影山が経営する茶臼山の銭湯の前にいた。見上げると煤けた看板に『地獄湯』と書かれてあった。右から左の字の並びから察するに昭和初期の創業と思われた。それにしても… 藤原「凄い名前の銭湯だな」  でも、天下の名湯の別府温泉にも『血の池地獄』という温泉もあることだし。それほどおかしくないのかも知れぬ。地獄の罪人よろしく湯に浸かるとしよう。  暖簾をくぐると、そこにはまるでタイムスリップしたかのような、木の下駄箱がずらりと並んでいた。 藤原「懐かしいなぁ

          7.債権差押命令(その2)

          7.債権差押命令

           初夏の日差し厳しい折。久しぶりに元綺羅星金融の影山から電話が入った。 藤原「お久しぶりです。お元気にされていましたか」 影山『何とかやってるよ』 藤原「今は何をされてるんですか?」 影山『実家の風呂屋を手伝ってるんだ』 藤原「それは、銭湯…ということですか」  俺の言葉の微妙なトーンで影山さんは察したようだ。 影山『今、藤原さんが思ったことを当てようか』 藤原「え?」 影山『また斜陽産業で働いてるんだな、こいつ、ってね。街金の次に銭湯かって』 藤原「え、

          7.債権差押命令

          6.怒涛の遺言執行(その4)

           曲谷さんが死んで二ヶ月が経過した。 藤原「先生、友康さんと靖子さんの遺留分侵害額請求訴訟はどうなってるのでしょう」 津山「案の定、泥沼の法廷闘争になっているらしい」  先輩は渋い顔をした。  友康さんとしては徹底抗戦して和解に持ち込み、何とか少しでも株式の持分を取り返そうとしているのであろう。 藤原「確かに、友康さんとしては、会社経営権を維持できるかどうか瀬戸際。必死に抵抗するのも分かります。…ウチとの顧問契約、大丈夫ですかね?」 津山「友康さんには随分と嫌味を

          6.怒涛の遺言執行(その4)

          6.怒涛の遺言執行(その3)

           しばらくして。友康さんが別の弁護士を代理人に立て、靖子さんを訴えたとの知らせが届いた。 「相続人間の争いは我関せず」  遺言執行者は、遺言執行事務の処理に淡々と進めるだけだ。争いの決着を待っていたら相続税申告が間に合わなくなるからだ。紛争は紛争、執行は執行と割り切って進めるしかないのである。 「まず銀行に順次書類を送付しよう」  銀行はおおよそ同じ手続きだ(2024年現在)。金融機関所定の手続依頼書に加え、公正証書、弁護士の身分関係の証明書、それに加え『法定相続情報

          6.怒涛の遺言執行(その3)

          6.怒涛の遺言執行(その2)

           半月後。法定相続人全員を事務所に招いた。  曲谷さんの妻は既にお亡くなりなので、相続人は子の二人。長男友康と長女靖子の二人だ。  俺が遺言書のコピーと相続財産の目録を全員に配り終えると、津山弁護士が遺言書の内容を読み上げた。 津山「…という内容になっております」  会議室はしばしの沈黙に落ちた。 友康「なんなんだこれは!」  まず怒りの声を上げたのは長男友康であった。 友康「津山先生!なんですかこれは!預金や自宅が靖子に、というのは親父から聞いていたが、株式も

          6.怒涛の遺言執行(その2)

          6.怒涛の遺言執行

           遺言書作成から三ヶ月後。曲谷さんは死去した。やはり脳梗塞が致命的ダメージたったのだ。  遺言者の死亡と共に遺言執行の職務が始まる。遺言書には津山義博、つまり我が先輩が遺言執行者に指定されていた。 津山「遺産の調査はおおよそ終わってるな?」  先輩は念を押した。というのも、遺言執行者は、速やかに相続財産の目録を作成して法定相続人に交付しなければならないからである(民法1011条)。 藤原「ええ。膨大な遺産であるから事前に調査しておいた方が良い、とのことでしたので」

          6.怒涛の遺言執行

          5.公正証書遺言を作成する(その6)

          津山「そうか。生命に別条ないか。ならば安心だ」 藤原「でも、公証人の意思能力の判断が気がかりです」 津山「それはそんなに心配する必要はないよ」 藤原「そうなんですか?」 津山「ああ。何らかの形で意思を通じ合えるのならば、意思能力は文句なく認められるであろう」  先輩はさして気にも留めていないようであった。そんなものなのであろうか。  弁護士はニヤリとした。 津山「理由があるんだよ」 藤原「どんな理由ですか?」 津山「公証人は遺言書を作成してはじめて報酬をいた

          5.公正証書遺言を作成する(その6)

          5.公正証書遺言を作成する(その5)

           数日後。 中山「藤原さん!」  ベテラン事務員の中山さんが叫んだ。仕事のできる女性だがいつも強面で苦手なタイプだ。でも、仕事の微妙な綾を心得ている人なので、努めて人間関係を維持していた。こんなことはどの職場でも似たようなものであろう。 中山「曲谷靖子様からお電話よ!何か物凄く慌てている様子だわ。心して対応した方がいいかもよ!」 藤原「はい」  脅かしてくるなあと思いつつ、資料をコピーしていた俺は席に素早く戻ると受話器を取った。 藤原「藤原です。どうかなされまし

          5.公正証書遺言を作成する(その5)

          5.公正証書遺言を作成する(その4)

           俺は最寄りの鍛冶屋町公証役場に電話した。 『はい。鍛冶屋町公証役場でございます』  事務の方が対応に出る。 藤原「公証人の錦織先生をお願いします」  仕事を続けていくと、馴染みの税理士・司法書士・社労士というものが出来てくるものだ。錦織先生も何度か公正証書作成を依頼する中で近しくなった公証人。  元検察官の公証人。気さくな方で様々な公証事務に関わることを訊き易いのでとても重宝していた。我々としては、気難しい人はどんなに優秀でも遠慮したいところだ。コミュニケーション

          5.公正証書遺言を作成する(その4)

          5.公正証書遺言を作成する(その3)

          津山「え。資産の90%をお嬢様の靖子様に相続させる?」  メモに目を落としていた津山は素っ頓狂な声をあげた。  遺言の話ということもあり、靖子さんには別室に待機して貰っていた。 曲谷「そうじゃ。何か問題があるかの」 津山「遺留分の問題が生じます、曲谷さん」  弁護士はまっすぐ依頼者の瞳を見詰めた。  遺留分とは、遺言者による遺産処分に制約を課すもので、妻や子が相続人の場合は遺産の二分の一、両親祖父母が相続人の場合には遺産の三分の一が遺留分と定められ、それについては

          5.公正証書遺言を作成する(その3)