6.怒涛の遺言執行(その3)
しばらくして。友康さんが別の弁護士を代理人に立て、靖子さんを訴えたとの知らせが届いた。
「相続人間の争いは我関せず」
遺言執行者は、遺言執行事務の処理に淡々と進めるだけだ。争いの決着を待っていたら相続税申告が間に合わなくなるからだ。紛争は紛争、執行は執行と割り切って進めるしかないのである。
「まず銀行に順次書類を送付しよう」
銀行はおおよそ同じ手続きだ(2024年現在)。金融機関所定の手続依頼書に加え、公正証書、弁護士の身分関係の証明書、それに加え『法定相続情報一覧図』である。
こういう所は全くの横並びであるけれど、その方がこちらとしては助かる。一昔前は銀行ごとに手続きが微妙に違ってたり、言うことが異なったりで往生した。
聞き慣れないのが『法定相続情報一覧図』だろう。これは、遺言者の相続関係を公証する証明書で、簡略化した家系図みたいなものだ。
この一覧図が出てくるまでは、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本、改製原戸籍謄本、除籍謄本を一式提出する必要があった。書類の名前を分からなくて結構。
出生から死亡まで切れ目なく遺言者の身分関係を証明する書類を揃えねばならないということだ。『昭和40年出生』『平成3年○○と婚姻』『平成5年長女⬜︎⬜︎出生』『平成30年○○と離婚』『令和3年××月△日死亡』という具合である。こうして、遺言者と法定相続人の全容が判明することになる。
それぞれの法定相続人の戸籍謄本も必要になる。相続人が現在も生存しているかどうか、代襲相続が発生していないかどうか確認するためだ。代襲相続とは、法定相続人が被相続人(遺言者)より先に死んでいる場合に、その法定相続人の子や孫が相続権を得ることをいう。
この法定相続情報一覧図により、こういった面倒な書類を提出しなくとも良くなった訳だ。もっとも、この証明書を作成するときには、この戸籍謄本一式を法務局に提出する必要があるけれど。
いちいち戸籍謄本の束を送らなくて良くなったのは事務所の負担が軽減される。多くの送付先がある場合には複数取得する必要がありコストが馬鹿にならないからだ。
しかも戸籍謄本の場合は六ヶ月or三ヶ月で期限切れとなるが、この一覧図は無期限だ。銀行としても見慣れない明治大正時代の古めかしい戸籍情報を解読する必要がなくなったことに喜んでいる筈だ。
書類一式を送付すれば一丁上がり。あとは各銀行の相続センターとの簡単なやり取りで換価まで進む。最後は事務所の預かり口座に入金される。
もっとも、曲谷さんは資産家である。俺は公正証書の謄本を五通用意した。そして、法定相続情報一覧図も同じく五通用意した。同時並行で預金の換価手続を進めていくためだ。
ふた月が経過した頃。
「よし。預貯金の換価処理が終わったぞ」
続けて有価証券の処理に取り掛かる。株式や投資信託の換価・名義変更である。証券会社とのやりとりとなる。必要書類は銀行と同じである。
ただ、証券会社の場合、相続人にその証券会社に口座を開設していただく必要がある。その上で名義変更や換価処分する。これが少々面倒だがやむを得ない。
「次は不動産だ」
懇意にしている司法書士に依頼することにしている。普通の権利移転登記ぐらい俺でもできる。だが、相続では複雑な事態(先代の相続登記が未了など)が絡むことが多くい。そうなると司法書士でないと処理が難しいから、最初からお任せしておいた方が無難なのだ。
短縮電話のボタンをプッシュする。
藤原「勝元先生ですか、藤原です」
勝元「あー、どうもどうも」
勝元司法書士は津山弁護士の大学時代の同期である。つまり俺の先輩でもある。だから気安く物事を聞けるから、自然とこの先生に依頼することが多くなった。
藤原「相続登記をお願いしたく」
勝元「分かりました。では、登記事項証明書、遺言者の亡くなった事実が記載されている除籍謄本、受遺者の戸籍謄本、遺産目録のデータをください。その後に委任状を送信するので、必要事項を記載して郵送にて返送願います」
藤原「分かりました。直ちにデータを送ります」
この先生は仕事が早く対応も機敏。連絡に遅延もない。報告漏れがないというのは基本的な事ながら、法律事務所としては助かる。だから、いつも勝元先生に頼むようにしている。
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