7.債権差押命令(その5)
※本件の法的紛争の概要
金山は友人の西川に事業資金として200万円を貸したものの、返済してくれない。西川がスポーツくじで400万円の賞金が当たったと聞いて、民事執行手続を取り西川の自宅アパートに踏み込むも全く回収できなかった。
相談を受けた藤原たちは債権の差押を提案する。
金山が来る前、俺は藤堂さんと打ち合わせをした。今回の作戦について擦り合わせておかなければならない。
どんなに優秀な弁護士といえども、裁判手続の実務を十分把握しているとは言い難い。特に新人の頃はなかなか厳しいであろう。
裁判所の細かな実務は経験がものをいう。今回の作戦はその経験に基づくものだ。
藤堂「この差押を成功させる鍵は、差押命令がタイミングよく、第三債務者である銀行に送達されなければならないということだと思うんですけど」
藤原「そうですね。数日も経たずに金は口座から出ていくでしょうからね」
藤堂「できるんですか、そんなこと」
藤原「ええ。以前津山弁護士の件で例がありまして」
藤堂「ほう」
藤原「依頼者はDV被害者の妻で、加害者である菓子店経営の夫の売掛金を差し押さえた件になります」
慰謝料請求権に基づく債権差押命令申立の案件。妻は夫の家庭内暴力に耐えかねシェルターに逃げ込んだものの、生活費に困った。それで何とかならぬかと相談に来たものだ。
藤原「妻の情報では、決まった日に入金されるが運転資金ですぐに出ていく金だと」
妻は経理を担当していた。だから情報は正確だ。
藤原「だからピンポイントで差押命令を送達しなければならないとのことで」
差押の効力は差押命令書が第三債務者に届いた時点で生ずる。つまり銀行が受け取った時の預金が凍結されるというわけだ。
藤堂「それです。ピンポイントで送達日を指定するなんてできましたっけ?」
藤原「できません。裁判所は債権者のそういう都合を聞いてはくれません」
藤堂「じゃ、ダメじゃないですか」
藤原「ただ、債権差押命令の申立書が裁判所に届き、大体どれくらいの日時で発令され、裁判所から命令書が発送されるか、そのスケジュール感を書記官から聞き出すことができました。命令を送付する特別送達は書留で行われますから翌日には届きますからね」
藤堂「やりますねぇ」新人弁護士はニヤリとした。
藤原「おおよそ四日でした。だから、事前に書記官に添削してもらって誤りがないかどうか確認していただきました。訂正があると提出のやり直しになりピンポイント送達は不可能ですから」
藤堂「へえ。申立書類の添削なんかしてくれるんですか?」
藤原「普通の訴状などでは勿論そんなことしてくれません。でも、差押の申立てでは瑣末な誤りが非常に多いので、事前に確認することが裁判所と申立人の双方にとってメリットが大きい。ですから事実上してくれるのです」
藤堂「なるほどぉ」
藤原「本件では、それらの事情を合わせて初めて可能になるという作戦になります」
藤堂「うん。藤原さん、あなた、大したものだ」
藤原「藤堂さん、念を押しておきますけど」
藤堂「はい?」
藤原「あくまでもこれは藤堂さんが編み出した、ということにしてくださいよ。事務員が考え出した、というのではありがたみがない。優秀な弁護士がしかつめらしく、とっておきの作戦と持ち出せば依頼者はありがたがるものですから」
優秀な弁護士としての箔がつけば、今後、客が増えるという計算もある。それはこの新人には言わないでおこう。
藤堂「はは。分かりました」
藤原「その方が報酬を頂きやすくなるでしょう」
藤堂「藤原さん、あなた、経営のセンスありますよ」
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