7.債権差押命令(その7)
さて。あとは作戦実行あるのみだ。金山が共通の友人を介して、西川に暗号資産の投資話を勧め、その気にさせる。その友人から入金しそうな日を聞きとる。そこらは慎重に探る必要がある。あくまでも入金後に差押命令が届く必要があるからだ。
その入金日から逆算して4、5日前に申立書が第28民事部に届くように手配する。つまり、5月24日が入金日とする。5月19日に速達で発送すれば翌20日には裁判所に届く。24日発令、特別送達で差押命令が銀行に発送されるが、これは書留郵便だから翌25日に届く。
金山からの連絡を待つ。
金山「藤原さん、確認が取れました。今週の金曜日28日に入金するよう手配しました」
藤原「そうですか。どうして28日に指定できたんです?」
金山「新たな暗号資産の発行が29日だと。だから、その前日までに入金しなければならないと念押しして了解を取ったと友人から聞きました」
藤原「分かりました。首尾は上々ですね」
金山「あとは上手く差押命令が届けば良い訳ですよね」
藤原「お任せください」
いよいよ申立て書類一式の提出である。金山さんからいただいた委任状の日付を補充する。依頼者からいただく委任状は日付を空欄にしておく。それは適切なタイミングで申立書を提出するためだ。
というのも、依頼者の都合で裁判所への提出が延期になることがあり、その後、一転して急に提出となることが多々あるからだ。もし、日付が記載してあって、あまりに前の日付だと裁判所からクレームが入る。そうなると手続きが遅延して発令が遅れてしまう。
それに日付だから依頼者に不利益を与える恐れもないということもある。委任事項を空欄にすると代理権の濫用を招く危険があるけれど。
俺は直近の大安吉日を補充することにしている。験担ぎである。意外に思う人もいるかも知れぬが、事務員でも事件が上手く運ぶことを心より願っているものだ。
書類が全て揃うと、それを封筒に入れる。特定記録郵便である。これは宛名の住所の投函までを追跡できる便利なものだ。210円(2024年10月1日以降)のオプション料金がかかる。
送付先が裁判所という極めて信用のおける相手なので、これで十分なのだ。相手が信頼の置けない場合には書留や簡易書留(受取人のサインが必要)で対応することとなる。
一週間後。再び茶臼山の『地獄湯』を訪れた
風呂上がり、マッサージコーナーでコーヒー牛乳を飲みながら、金山と話し込んでいた。
藤原「そうですか。西川さんは詫びを入れてきましたか」
金山「ええ。あいつ、俺以外からも借金してたらしく、返済のため金をATMから引き出そうとしたら口座が凍結されていたので動転して、泣きを入れてきました」
藤原「ちなみに彼にどのような話を持ちかけたんですか?」
金山「新しい暗号資産が発売されるとの噂がある、先行して投資すれば先行者利益を見込める、どうだと。交換所にすぐに入金できるように預金口座に入金しておいた方がいいぞ。共通の友人鯰江君を通じて勧誘しました。それで口座に300万円ほど入金したようで。他愛ないもんです」
藤原「うまくいきましたね。噂というのがいいですね。根拠がない、とは言い切れませんもんね」
金山「ええ。鯰江君もSNSの情報とか適当に誤魔化してくれたようで」
藤原「その鯰江さんには謝礼を?」
金山「いや。今回謝礼というのはまずいと思うので。日頃、目を掛けてますんで、あいつも分かってくれています」
藤原「その方が良いと思います」
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