7.債権差押命令(その3)

 金山は、知り合いの司法書士に頼んで書面を作成してもらって民事執行(動産執行)に踏み切った。民事執行法122条に基づく。

 ある日、執行官と共に西川のアパートに踏み込んだ。

西川「わっ、なんです」

執行官「民事執行です。動産に対する差押を行います」と裁判所の決定を提示。

 扉の外に金山が立っているのを見た西川は、

西川「金山さん!これはどういうことです!」と喚いた。

金山「どうもこうもないよ。君が借金を返してくれないからじゃないか」

西川「ですから、必ず後日返しますから!」

金山「後日っていつだよ!こっちだってあの金は当てにしてんだから!」

 執行官は手当たり次第めぼしいものを探し回ったが、金山に向かって首を振った。

 その時、西川が懐にブリキの箱を抱えているのが目に留まった。執行官が目配せすると、金山は頷いた。

執行官「それを開けて見せてください」

西川「いや、これは関係ないんで」

執行官「関係あるかどうかはこちらで判断します。渡してください」

西川「いやだ」

執行官「渡さないと執行妨害で告訴しますよ」

 執行官が少し声にドスを効かせると、西川は渋々箱を渡す。鍵がかかっていた。

執行官「解錠してください。応じなければ外で待機している鍵屋さんにこじ開けてもらいます」

 動産執行には錠業者を伴うのが実務だ。

 西川が鍵を開けると10万円ほどの現金が出てきた。

執行官「これはダメですね」

金山「どうして?現金じゃないですか」

執行官「66万円までは差押禁止動産とされています」

 差押が禁止されている動産。民事執行法第131条3号、民事執行法施行令1条で定まっていた。

 その後、執行官が探し回っていたが、めぼしい財産は到頭出てこなかった。

金山「どういうことだよ。お前、400万円あるんじゃないのか」

西川「400…なんのことですか」

金山「しらばっくれるんじゃないよ!」

 家屋に上がるが、執行官は押し留めた。

執行官「だめです!家屋内に入ることができるのは私だけです!」

 金山は執行官の制止を振り切って西川に掴み掛かった。

金山「くそう、ふざけやがって」

西川「必ず、必ず払いますから!」

 揉み合いになったが、執行官と外にいた鍵解錠の業者がなんとかかんとか二人を引き離した。

藤原「なるほど、そういうことですか。まあ、こう言ってはなんですが、動産執行は功を奏さないケースが殆どです」

金山「え、そうなんですか」

藤原「ええ。66万円までの金銭が差押禁止である以上、よほど高額なタンス預金とかがあるのでない限り、実効性は乏しい。そして、本人が隠そうと思えば数百万の札束程度なら、どこにでも隠すことができるでしょう。一二時間程度の探索なら、執行官の目を誤魔化すこともさほど難しくはない」

金山「どうしたらいいんでしょう?」

藤原「手はありますよ」

金山「え、どんな手が」金山は身を乗り出した。

藤原「いや。無料相談はここまで。ここからは有料です」

金山「えーそんなぁ」

藤原「というより、私は事務員なので、私が解決法を示して助言すると弁護士法72条『非弁行為の禁止』に触れる恐れがあるんですよ。お伺いした相談の概要は弁護士に報告します。その上で解決法をお伝えしますので、是非事務所にお越しください」

金山「わかりましたよ。その代わり必ず取り返してくださいよ」

 衝立を出ると影山が立っていた。

影山「藤原さんも商売上手ですねえ」

藤原「聞いてたんですか。守秘義務があるのでダメと言ったでしょう」俺はクレームを入れた。客のヒソヒソ話に耳をそばだてるのは番台失格だよ。

影山「もちろん誰にも言いませんよ。金山くんは友達だし。藤原さんはお得意さんだし」

 仕方ない。念のため釘を差しておくとするか。

藤原「私は事務職員に過ぎないので、報酬をもらって相談を受けることはできません。だから正直に申し上げました」

影山「へえ。弁護士業界も難しいんだね」

藤原「ええ。専門職の業界は自分の領分を侵害されることに敏感です。死活問題ですからね」

 特に弁護士と司法書士は、互いの境界をめぐり鍔迫り合いを繰り広げている。簡易裁判所で一部訴訟の代理権を司法書士を獲得した際にも、弁護士会と司法書士会には悶着があったと聞く。

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