7.債権差押命令(その6)
俺は債権差押命令申立書を起案する。必要書類は、当事者目録、請求債権目録、差押債権目録、そして債務名義である。
当事者目録とは、申立人である債権者、相手方である債務者、第三債務者である金融機関について、住所・所在・名称を記載する。本件では債権者が金山、債務者が西川、第三債務者が恵比寿銀行中央支店である。
請求債権目録とは、債権者のどういう請求権に基づいて差押をするのかを表示するものだ。本件では金山の西川に対する貸金債権ということになる。元本額200万円と利息の額が記載される。
差押債権目録とは、債務者の第三債務者に対して有するいかなる債権を差し押さえるのかを表示するもの。本件では、西川が恵比寿銀行に対して保有する預金債権ということになる。
分かりにくい言葉が『債務名義』だ。これは、確定判決や和解調書など強制執行の根拠となる文書のことだ。本件では、貸金契約に基づく公正証書ということになる。
これらの書類に加え、手数料である収入印紙(2024年8月時点では債務者一人あたり4000円分)を申立書に貼付し、送達費用に充てる郵便切手3260円分を用意する。
書類を揃えると、藤堂さんに報告した。必ず弁護士の確認は取らねばならない。事務職員はあくまでも弁護士の補助者であるからだ。
一時間後、藤堂さんからメッセージが入る。
藤堂「とても勉強になりました。完璧だと思います」
神妙そのものだ。
まあ新人の弁護士は最初はこんな初々しい感じだ。経験を積むに従いどんどん太々しくなるのだけれど。それは弁護士として必須の成長だ。
俺は大阪地方裁判所第28民事部に電話した。ここは債権執行を専門とする部署で、新大阪駅から少し離れた場所にあった。何度か訪れたことがあるが、住宅地の真ん中にあり、なぜこんな所に、という場所に庁舎が佇んでいる。
本庁(大阪市北区の裁判所)にあるとむやみやたらに事件が押し寄せて来るのを警戒しているからではないかと推察している。
『債権執行の係です』
受付担当の方が出てきた。電話応対は事務官であることが多い。
「津山総合法律事務所の藤原と申します。書記官の吉峯さんをお願いします」
最近色々と尋ねている書記官だ。裁判手続きのプロである書記官とコミュニケーションを上手く取ることは、法律事務の円滑な処理にはとても大切なことだ。
『係属中の案件ですか?』
「いえ。新規の申立てについてです」
『分かりました。お繋ぎします』
『吉峯です』
低いトーンで電話口に出てきた。勝手に小太りで眼鏡をかけて、というイメージを思い浮かべる。ただ、声から想像する姿が的中した試しがないけれど。
俺は要件をかいつまんで話した。申立書の添削をしてほしいと。速やかな事件処理が求められているという事情も加えた。
『分かりました。申立書類一式をFAXしてください』
またしてもFAXだ。裁判所ではメールでのやりとりは禁止されているからだ。何とも時代錯誤だが仕方ない。
「吉峯さん、何度も確認して恐縮ですが。申立書が届いて、書面に訂正箇所がなければ、四日ほどで発令されるんでしたよね?」
『藤原さん』向こうで苦笑する書記官の様子が窺えた。
『それははっきり申し上げることはできないんですよ。おおよそということでご理解いただきたい』
「ええ、わかってます。ただ、債権者としても、債務者の口座に入金されるタイミングの情報を得ての今回の申し立て。外すわけにはいかないもので」
『我々は膨大な案件を処理しています。ですからスケジュールは均一になっていきます。私から言えるのはここまでです』
四日に変わり無いという含意だ。これで十分だ。
「ありがとうございます。すぐFAXいたします」
何度かFAXと電話でやり取りして、完璧な申立書に仕上げた。
いつも思う。債権執行の書記官はとても優秀だと。数字の正確さ、表現の用意周到さ、寸分の隙もない。
それは東京や大阪といった大きな裁判所に限らない。地方の裁判所の書記官でも同じだ。民間企業は彼らを法務部に登用することを検討すべきだ。
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