No. 31 英語教育とtranslingual ⑦【Emily in Parisから】
はじめに
冬休みが明けるとなかなか更新ができませんでした。。。もう少しコンスタントに頑張っていきたいと思います!
さて今回の投稿では、Netflixの人気ドラマ"Emily in Paris"から、translanguagingの例を見ていきたいと思います。(※ネタバレにはならないよう細心の注意を払っています)
「ストーリーが面白い」「Parisの街並みが綺麗」といった良さだけでなく、「これぞtranslanguaging!」といったシーンが多く、僕にとっては見ていてとても楽しいドラマです!では、早速見ていきましょう!
Emily in Paris
まずは作品の簡単なあらすじから。
フランスといえば、かつては(今も?)「英語を話さない国」という言われ方をしていました。それは「英語を話せないから」というよりも、「フランス語が国際語よ」といった言葉を選ばすいえば「高飛車」な態度から、といった見られ方をしていることが多くあります。
このEmily in Parisでもそのような雰囲気は醸し出されていますが、Emilyがフランス語の初級者であることもあり、会話の大半は英語で行われています。
しかし、それでも会話中にしばしばフランス語が入り込んできます。つまり、translanguagingが見られるのです!以下では実際の会話のスクリプトをお見せしながら、translanguagingの例を紹介していきたいと思います。(※作品のネタバレにはならないような箇所を抜粋しているのでご安心ください)
<登場人物:3人の女性>
Camille (C): フランス語ネイティブ(流暢にフランス語を話す人)、英語も流暢
Sylvie (S): フランス語ネイティブ(流暢にフランス語を話す人)、英語も流暢
Emily (E): 英語母語話者、フランス語初級者
ここでは、Sが相槌として Oh, la, la.とSがいっています。これは日本語で言うところの「ありゃりゃ」にあたるもので、大した意味がないので作中の日本語字幕には出てきていません。
単なるcode-switchingにも見えますが、私が考えるに、この場面ではフランスのNormandyの話をしていることが重要なのだろうと思われます。SはOh, la, la. といった後に、My least favotire place in France. 「私がフランスで最も好きじゃない場所」と「強いメッセージ」を伝えています。なので、話者の「思いがフランス語にのった」(=気持ちを表すのにフランス語がなじんだ)のではないかと推測します。
その根拠の一つに、Sがいつもフランス語で相槌を打っているわけではないというのがあります。ここでは「フランス語で相槌を打つのが自然」だったのではないでしょうか。
基本的に英語で会話をしていたE、C、 Sでしたが、今度はCがフランス語を会話に取り入れています。Cは最初の文で「トイレ (les toiletts)に行くね」と切り出し、「トイレに行くために1ユーロ持ってる人いる?」と聞いています。
(※ヨーロッパなど海外ではトイレに行くときに小銭を支払わなければいけないシステムがある国が結構あります。)
そのためCは1ユーロを借りようとしているのですが、les toiletesとフランス語を使っているのが特徴的です。そして、その小銭を受け取る番人のことをフランス語でla dame pipiと呼んでいます。Eが理解できるかわからないのにもかかわらず、です。(実際、Eは意味がわからず質問しています)
Cの英語の流暢さを見ると、少なくとも「トイレ」を表す英語は知っているはずですが、ここではあえてなのか忘れてしまったのか、フランス語を使っています。そしてla dame pipiですが、これはおそらく「トイレの番人」を表すを英語を知らなかったか、あるいはしっくりくる英語がないためにこの言葉を使ったのでしょう。また、アメリカでは一般的とはいえない「トイレの番人」システムだからこそ、フランス語でそのまま言ったほうがそのシステムやその番人をぴったりと表せるから使ったのではないかと推測できます。つまり、英単語が浮かばないからフランス語を使ったというよりも、文化や意味へのフィット感を意識したtranslanguagingだったと考えても差し支えないでしょう。
最後はSとEのオフィスでの会話のシーンです。英語で会話をしていた後、Sが "how provincial." 「何て田舎臭い(字幕は「今時?」となっていました」)」と少し侮辱的な言葉を使っています。そしてその流れでSはあることを思い出し、「たまねぎの口臭のする田舎者 (onion-breath ploucs)があなたの考えを聞きたいそうよ」を続けます。
ここではprovincialという英語の侮辱的な言葉に続けて、ploucsというフランス語での侮辱的な言葉を使っています。英語で「田舎者」を表す侮辱的な言葉が浮かばなかったためかもしれませんが、ここでフランス語を使ったことには意味がありそうな気がします。実はこの後Sは、その「田舎者」がEのAmericanness(アメリカ人らしさ) を気に入っているから英語でプレゼンをするようにとEに伝えています。ここまでの状況をまとめると、以下のように考えられると思います。
もちろん真意かどうかはわかりかねますが、文脈から想像するに、ここではSが距離を作るために英語ではなくフランス語を使っていると考えてもオーバーではないと思います。
この抜粋部分の最後のTrès bien.は、英語でいうところのvery (très) good (bien) です。Sは再度フランス語を使って会話を締めることで、なんとなくフランス語が流暢ではないEに対しても圧をかけているように感じられます。
ちなみにEも作中の色々な場面で、trèsをveryの代わりに使っています。Eが懸命にフランス社会へsocializeしようとしている様子も垣間見えてこのドラマは面白いです!(この「面白さ」はこの投稿をお読みいただけるとおわかりいただけると思います!)
おわりに
いかがだったでしょうか?
今回はNetflixのEmily in Parisからtranslanguagingの例を見てきました。translanguagingが単なるcode-switchingではないということがおわかりいただけると幸いです。
英語学習者のみなさま
英語学習にNetflixを使われている方はとても多いと思います。もちろん英語力アップに役立つのは間違いないですが、今回紹介したように「英語の中に違うことば(たとえば日本語)をいれてもいいんだ」といったことも学んでいただけると、さらに良い学習になるかと思います。
僕は、学生の頃「英会話の時は一切日本語を使ってはいけない」と思い(思わされ?)、ガチガチになりながら英語を学んでいたように思います。でも実際社会で英語を使ってみると、今回紹介したようなことはザラにあります。なんなら、日本語を交えてあげることで、会話をしている相手は自分に興味を持ってくれるなんてこともあります。
実際、僕が留学に行ったときには、僕の日本人の友達がHow are you? にあたる日本語を現地でできた友達に教えたところ、その友達は日本人に会うたびに"Genki?"と聞くようになりました。もちろんその後の会話は英語なのですが、部分的にでも自分たちを許容してくれた気持ちになって嬉しかったのを覚えています。
前にどこかに書きましたが、僕たちは英語の学習者だけれど、「英語の奴隷」になる必要はありません。僕たちならではのcreativityを発揮して英語学習に励むようになると、より一層楽しいものになりますよ!
英語教育者のみなさま
今回の投稿のようなところから、translanguaging について考えていっていただけると幸いです。「英語学習に日本語を使って良いのか」「そのほうが効果的なのか」といった議論も大切ですが、translanguagingにはもっと大きな意味・価値があるように思います。
また、今回抜粋した部分のようなところを学習者に見せて、「英語を話すときにだって自分の言葉や文化を忘れる必要はない」ということを教えていただけると幸いです。そうすれば、かつて僕がそうであったように「英語を話すときは英語だけ」とガチガチにならずにリラックスして英語学習に励める人が増えると思います。また、そういったtranslanguagingは普通に行われていることなんだということも、このグローバルの時代には教えていきたいですね。