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白い萩と、伊達政宗

仙台城に株を移された白萩。


もとは東京都あきる野市にあります大悲願寺にあったもの。
きのう紹介した萩原タケの外祖父で医師だった石川友益の大きなお墓もあります。

大悲願寺の案内

仙台藩主伊達政宗が秋川に鮎漁に来た帰り、大悲願寺に在山していた末弟・秀雄を訪れた際に、境内の白萩を愛でました。
その後、仙台に帰った政宗は、どうしても白萩が一株欲しくなったので、急いで飛脚を立てて株分けを所望したというものです。

その時の書状は「白萩所望状」。

東京都文化財になっております。

秀雄という名前の人物は伊達の家系図に載っていないと云われます。弟なら、分かりそうなのにね。

実は。

政宗毒殺未遂事件で成敗されたとされる小次郎が、表向き死んだことで仏門に帰依し、秀雄になったのではないかと仮定できなくもないですか?

そんな場面、「花の慶次」にもあったような気が……


あげた側ともらった側が成立している案内ですよ

このことをアルファポリスに作品として挙げてみました。
よろしかったら覗いて下さい。

生きてこそ-悲願の萩- | 歴史・時代小説 | 小説投稿サイトのアルファポリス (alphapolis.co.jp)
笹目いく子様、ご感想ありがとうございました。
アルファポリスでは現在、「信長伝」が毎朝更新されております。お楽しみにご覧ください。