Amazonレビュー、ありがたや
夢酔作品はあまりAmazonレビューされる機会が少ないので地味なところではございましたが、槇の会の会長である作家・乾浩先生に、悪戦苦闘の末に一筆いただけました。
あらためて御礼申し上げます。
2月末に発売されて、もうすぐ3か月。もう読んだよという方もいれば、知久ってダレという敬遠の方もおられる。でも、勝者に埋もれた敗者の歴史からは学ぶことが多い。最後に挽回するために必要なこと、それは、揺るぎのない信念だということを。
漫画が好きな人は、きっと似たような胸の震えを「この作品」の初期に感じ取ったに違いない。
南信州という土地は、日本史上、決して主役にはなっていないのに、その運命の分岐点としてしばしば登場する不思議な場所だ。知久頼氏の時代は戦国時代真っ只中で、武田信玄に支配されながら見返りとして侵略されぬ安定を得た。この南信州を土台として、信玄は東美濃へ侵攻し織田信長を震え上がらせた。遠江に侵攻して、徳川家康を恐怖のどん底に陥れた。南信州を戦局の軸として、信玄は大いに活用した。
侵略されている立場として安全を得る。戦後すぐの日米安保の状況と例えるのがいいのでしょうか。
先に申したこと。
「武田信玄に支配されながら見返りとして侵略されぬ安定を得た」
この安全を否定して、「奪われたもの」を取り戻す道を選んだ知久頼氏は、織田・徳川とともに返り咲く奇跡を遂げた。
武田勝頼時代末期、南信州は日本中から注目された。
「人間雪崩現象」
新田次郎先生は「続武田信玄(単行本名「武田勝頼」)」にて、そのように評した。戦うことなく降伏して、昨日まで恩恵を被っていた武田に背を向ける。こう記せば無節操に映るが、そうなる過程に目を移せば、戦国時代の民政のお粗末さが国を亡ぼす要因と理解できる。いまの岸田内閣に通じるものがないことを、本当に祈る。
「御所車-知久太平記-」の時代は、そういう不思議な歴史の分岐点に南信州は存在していた。
幕末でも、南信州は国学という思想を得て、明治維新の表舞台に立つことなく大いに貢献し、岩倉具視から畏敬の念で感謝された松尾多勢子を輩出したが、決してリーダーシップをとることはなかった。
日本でもっとも多い満蒙開拓団を送り出したのも南信州。その時代の日本に貢献したにも関わらず、報いられたものは皆無に等しい。
その時代によって、確かに南信州は歴史の重要性を担っていた。
そのことに、夢酔は注目し、まだ答えが見出せない。
もしも悟った方がおられたら、ぜひ教導を求める処であります。
5月27日(月)10:00-13:00。
平安堂飯田店にて「御所車-知久太平記-」販売促進決定。
当日は他の書籍も用意されると思います。
南信州のみなさん、お昼休みに駆け付けて下さい~待ってます!