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異形者たちの天下第3話-4

第3話-4 踊る漂白民(わたり)が笑ったあとに

 仙洞御所が傾奇踊りで賑わいを見せた同じ日。
 朝家恒例正月御観覧のことを
「またか」
と苦笑しながら、それでも今年の徳川家康は遠慮をしなかった。家康の心の内では、常に天下を取るための詰将棋が動いている。その矛先は豊臣家やキリシタンに向けていた。ゆえに、これまでは朝廷に手心を加えてきた。しかし、その対局も終焉であることを家康は自覚していた。
 キリシタンは廃止へと進み、都合よく豊臣家がこれに引摺られていく。両者とも先はない。だから朝廷にも一手、鉄槌を与えておくには丁度よい頃合といえる。
 その夜、家康は服部半蔵正就を招集し
「宮中において院や帝をそそのかし風紀を乱す輩を、でっち上げたい。その方、御所内に忍入り、格好の人材を目利きせよ」
 服部正就はこのことを造作もない命令と理解した。だから父・服部半蔵正成へ報せることなく、迅速のうちに行動を起こした。自ら腕利きの伊賀衆を三人引き連れ、夜が明ける前に京都入りした。そして白昼のうちに御所内へ忍入ると、天井裏と縁の下から公卿の素行や行状を調べ上げ、迂闊そうな軽挙者を断定した。そして彼らはその夜のうちに駿府へ還った。
「その夜のうちに身分を変えて遊郭へ忍んでいったのが、左大臣卿にて候。更に宮中女官三人と通じている事実も裏付けております」
 服部正就の報告に、家康は満足げに目を細めた。
「ところで御所忍びには気取られなかっただろうな」
「は」
「先の正親町院は御所忍びを託っていたと聞く。暗殺などもさせていたらしいが、その組織はそっくり院や帝に引継がれたそうだ」
「御所忍びのことは噂に聞いております。しかしそれらしい輩とは接触もござりません」
 服部正就は自信ありげに答えた。
 家康は一瞬表情を強張らせた。そして、やおら柏手を打った。間髪入れずに本多上野介正純が入室するなり
「城内に忍び入った賊は捕らまえて候」
と答えた。
 その言葉の意味することが、服部正就にはすぐに飲み込めなかった。
「どうだ。駿府城は間者の潜入を阻止するよき城じゃろが。いかな御所忍びとて逃れる術はねえずら」
 家康の言葉にすべての事態を理解した服部正就は、戦慄した。伊賀衆は無人の野を駆けた気でいたが、御所忍びの気配さえ察知が出来なかったのだ。しかも、まんまと尾行されていたのである。これは忍ノ者としては失格であり万死に値する。
「やれやれ……服部の忍びも地に落ちたな」
 家康はそう吐き捨てると、嘲笑とも取れる笑みで服部正就に
「下がれ」
とだけ呟いた。

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