異形者たちの天下第3話-11
第3話-11 踊る漂白民(わたり)が笑ったあとに
家康は頭を抱えて蹲っている。
「所詮竹千代はいつまでも信長には勝てないのさ。信長のいなくなったこの世界で強がっても、足元には埒外がある。すぐに脅かされるぜ」
「ええい、戯言を……」
服部半蔵はキッと睨んだ。
「半蔵も主さえ抱えなければ、おれのいうことを理解しただろう。現に竹千代は厭というほど身に染みている、だから何も云えない」
「やめろ……!」
半蔵は女に斬りつけた。
女は南蛮マントをその切っ先に絡ませ、大きく跳躍した。
マントを払うと、そこにはもう女はいなかった。見回すとお六を刺していた一座の者たちも、いつしか姿を消していた。お六はぐったりとしていたが、身体の随所に刺した針はもうない。
途端、薪の火が一瞬で消え去り、漆黒の闇が急速に辺りを包んだ。
「半蔵、いつでもこっちへ来るがいい。その汚れた狸が厭になったらな」
闇のなかに女の高笑いが響いた。
半蔵はそれを耳にしながら埒外の者の恐ろしさを痛感していた。断じて敵にしたくない異形の民である。
家康はまだ蹲っていた。
その傍らでお六が蠢いている。
と、お六の眼球が大きく見開き、鋭く半蔵を射抜いた。あのときの築山殿と同じ眼で……。
「半蔵……半蔵!あのときはよくも……」
そう叫んだお六の顔はまさしく築山殿であった。
半蔵は畏怖した。恐怖といってもよい。戦場ですら抱かぬ無間の恐怖。
そのうち騒ぎを聞きつけたものか、俄に駿府城内が慌ただしい気配を漂わせた。服部半蔵はお六の視線を振り払うように跳躍し闇のなかへと消えた。
この傾奇踊りで一体何が起きたのか、彼らの他に知る者はいない。
「大御所……大御所……!」
本多正純は助け起こして家康を呼んだ。ぼんやりとした視線を泳がせながら、家康はそこに駆けつけた者たちの顔を見回した。そのなかの一人、松平正綱を見上げながら
「踊り見物は仕舞いじゃ。上方へ攻める機が熟したに、のんびり見物などしてられるかよ」
つまりは陣触れをせよというのだ。松平正綱は慌てて駈け出した。その他の者も急いで支度を采配した。
本多正純だけがそこに留まった。
家康は正純に京と大坂の連絡網を遮断するよう下知した。事細かにいうならば、井伊直孝・藤堂高虎・松平忠明に東寺から鳥羽の間に警戒線を敷き、松平定勝には伏見城を守備させることを意味する。そこへ、京の板倉重勝から急使が駆けつけ、大坂で騒動があったことを報せてきた。淀殿に疎まれた片桐且元が居城・摂津茨木城に立て籠もったというのだ。家康に内通する裏切り者呼ばわりされて追い出されたのである。
「内紛じゃ。もう豊臣は統制が取れていない証ぞ。攻めよ」
本多正純はこの機を捕らえた家康の慧眼に感服した。阿国一座の女に籠絡された腹いせの出陣にしては
(間がよすぎた)
と、家康自身も驚きを隠せなかった。