歌人、銀嶺の彼方へ
アルファポリスの作品について、恐れ多くも笹目いく子さんが声に出して頂いたおかげで、これまでに訪れて頂けた方が大勢おられましたことを感謝申し上げます。
夢酔は何物?という顔見世のようなものです。紙の仕事につながれば幸いです。
さて。
皆様があまり聞いたことのない女流歌人がおられます。ご存じでしょうか。
江口きち
川場村歴史民俗資料館で、偶然、きちさんとお会いしたのは西暦2000年より前だったと思います。偶然。ほんとに偶然で、恥ずかしながらそれまで彼女のことを知りませんでした。
若い頃に彼女を描くのは、どうにも薄っぺらく平面的で、ただ可哀そうだけを連呼する恥ずかしい作品になりそうな予感があった。だから、自分のなかで彼女が死に至る心象を受け止められるまで、凍結された資料のひとつでした。
文芸同人槇の会が毎年発行している「槇」、今年の46号向けに書き出したのだが、世間のリアクションが大事なのでアルファポリス第9回歴史・時代小説大賞用にお試し掲載してみた。このときはアルファポリス初心者(今でも)ということもあり、ただ載せるだけだから、ぶっちゃけ散々たる結果だった。今もGWに送り込んだ作品群が残されています。全部消してもよかったのですが、なんとなく気が抜けて、そのまま放置していたのです。
笹目いく子様はそこで見つけてしまった次第。
さすがです。
江口きちは、大正2年、群馬県利根郡川場村に生まれました。
父は博奕打ち、母は奉公人。二人が流れ着いた群馬県の川場村で、廣寿、きち、たき子の一男二女を設けます。きちの兄・廣寿が5歳の時、脳膜炎を発症します。廣寿は知能障害者となるのです。
障害のことを受け止め、柔らかく無いことにしない手法で描くことは、若い頃にはきっと出来なかった気がします。あの当時だったら、どのように表現してしまっただろう。ゾッとします。
歌人として知られるきちの功績は作品集のみ。
自殺をした女歌人。
世間へ発せられる声は、そんなものばかり。
だから、私生活まで見通せたら、人間臭い所作もフィクションなりに想像できるに違いない。「銀嶺」という作品には、その瞬間に至る前の、人としての声や行動を冒頭に盛り込んだ。そうすることで、嫌らしく悲劇を文体に記さずとも、皆がその瞬間を追体験してくれる。
銀嶺とは、雪に閉ざされる武尊の嶺を指す。
⇒「銀嶺」アルファポリス。
ぜひ、読んでみてしてください。
この作品に特化したコメントに、癒されております。
女石川啄木。
この形容詞がどういう意味だったのか……考えて頂けたら幸いです。
夏休みもあとわずか。
機会がございましたら川場村へ足を運んでください。
あの、手縫いのドレスも展示されています!
追伸
きちの妹・たきは姉を野辺に送ったのちに結婚。満洲に渡り二人の男子に恵まれましたが……旧ソビエトの火事場泥棒のような侵攻により戦禍に巻き込まれました。
昭和20年8月14日 夫・赤沢保平、戦死
同年 10月2日 長男・赤沢満洲夫、死亡
同年 11月10日 次男・保夫、死亡
昭和21年8月27日 赤沢(旧姓江口)たき、死亡
妹一家全滅により、江口きちの家系は途絶える。
肖像権利もあると思いますので写真の掲載は控えさせていただきます。姉妹とも生粋の上州人のように強い意志と無垢な表情が印象的です。母が上州人と云うこともあり、夢酔は幼少期から上州に好意的なところがございます。それだけに同情を禁じ得ません。
江口きち再発見のきっかけになりましたら幸いです!
なお、女啄木と称された人物はもうひとりおります。
西塔幸子。
気になる方は、お確かめください。夢酔は手掛ける予定はございません。