「箕輪の剣」第12話
第12話 箕輪籠城
武田勢が最初に殺到したのは、鷹留城だった。城主・長野三河入道業通は数百の兵で籠城したが、多勢に無勢、たちまち城内へ雪崩を打って武田の兵が攻め込んできた。とても、適うものではない。城は落ち、全滅した。この戦いは、箕輪城兵を震え上がらせた。
長野の家臣・小暮弥四郎が、助命と引換えにさっそく武田方へ内通した。小暮弥四郎だけじゃない、命を惜しむ者たちが、そういう行動に奔った。これを咎められるものではない。戦国の世は、家臣が主君に殉ずることこそ稀で、見限る自由がある。このことを責めることこそ、間違いといえよう。
箕輪城への包囲の輪は、徐々に狭まっていった。戦火を逃れた領民たちも城内にいた。武田勢は略奪することは勿論、婦女子への凌辱も日常茶飯事である。犯されるくらいなら、死んだほうがましだと、百姓女までが城に立て籠もった。
「こうなると、戦いにくくなるな」
上泉秀綱は女がいると足手纏いになることを指摘した。ふと、敵にも知られていない間道はないか、探らせた。案の定、まだ知られていない道をみつけた。白川埋門から川へ行く道だ。上泉秀綱は長野業盛に
「御曹司を逃すは早くに限る」
と説き伏せ、二歳の嫡子・亀寿丸を逃すこととした。このとき選抜したのは、藤井忠安・阿保清勝・矢島善兵衛友房らである。これに、女たちを従わせた。亀寿丸には、くまを付けることとした。
「新陰流、ここで生かせ」
上泉秀綱は強い口調で命じた。
「旦那は生き延びますね?」
「無論だ」
「ならば、絶対に」
「ああ、生きて会おう」
嘘だ。
大軍に囲まれて生き残る術などあろうか。しかし、そうでも云わねば、くまは城に残ろうとするだろう。
彼らが城を出ると、次いで百姓どもも逃すこととした。戦意のない者たちが、紛れて城を出た。彼らを責めることなど、上泉秀綱に出来ようか。逃げるなら、自分だって逃げたい。しかし、逃げたら、もう武芸者ではいられない。そんな気がした。
武芸者で、死ぬ。それしか選択肢がなかった。侍という生き物は、どうして損な生き方しか出来ぬものか。自然と、笑みを浮かべている己が不思議だった。