超短編「若葉」-残された僕の世界に芽生えた希望


残酷な無差別殺人事件で残された家族はどう生きるかを考えて書いてみました。絶望や孤独から人が解放される道の一つを描いてみました。

… … …  …
◆「若葉」
あの時、僕は大学生だった。
離れて1人暮らしをしていたから、家族のいる生まれた家で何が起きたか理解できずにいた。

分かったことは両親と妹は帰らぬ人となっていたことだ。

幸い、犯人はすぐに捕まった。むしゃくしゃして誰でもいいから殺したかっただけだと警察に話したという。
ふざけるな!無関係な他人を殺すならテメエが死にやがれ!
当然の如く怒りは底なし沼のように僕に絡みついてきた。
眠れない。
何を食べても砂を噛むような有様だ。
皆が腫れ物に触るように、僕を気遣う。僕は痩せていった。
誰も居なくなった家に、並ぶ骨壺三箱。
警察や親類から、貴重品は確認して、僕が持つように言われた。
不幸か幸いか分からないが、犯人の目的は、「人を殺すこと」だったから、現金や通帳はそのまま残っていた。
通帳の一つは、僕の学費用口座だった。妹の分もあった。
叔父が、「トモ君が大学卒業してきちんと生きていくことが、アキオとサチコさんとユカちゃんの一番の供養だよ」「トモ君とユカちゃんを一人前に育て上げるつもりで、君の両親は頑張っていたからね」

それからの正月は帰省する先もなく1人過ごした。
無駄なことを考えないために、勉強したり、バイトをしたり、実家と東京が離れていたから、僕の家の事情も知らない人ばかりの都会は有り難かった。

社会人になった。働かないといけないから働くのは当然だ。
家族の居ない身でも構わない感覚だったが、周りが結婚しだすと、自分が家族を持てることに気づいた。
そんな当然のことに気づかなかった自分に笑えた。何を必死に生きてたのか。
現実から目を背けることが、僕の心の安定だった。
やらなきゃいけない事だけ無情に取り組む。
バイトも仕事も、責務を果たせばそれで充分だったから、空っぽになっていた僕には丁度良かった。
自分の感情を露わにすれば、込み上がるものは、犯人への憎しみだけだったからだ。

僕は、バイト先で知り合った女性と結婚することにした。長い付き合いで、僕が独りになりたい時は放っておいてくれる。彼女は彼女で、自分の時間を大事にしているタイプ。

子供が生まれた。
生まれたばかりの小さな命が毎日育っていく姿が眩しかった。両親が僕にしてくれたことを思い出すことで、失った家族の残像が反転した。

太陽の下の若葉が光り輝く。
生まれ出づる生命の光が、僕の心にも、希望の灯になった。


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