超短編「人命救助した海のいきものの話」-それはささいな気まぐれから始まった


津波など海が荒れたとき、海の中でも大騒動がおこり生き物にも思いがけない事態が発生すると思い空想を交えて物語を描いてみました。

🔹「人命救助した海のいきものの話」
フィクションです。

長い年月、ウツボは海の底の岩影で過ごしてきました。自分ひとりが長く生きていて、誰かを見送るばかりの我が身に人知れず孤独を感じていました。
いつも傍らで一緒の時間を過ごすクリーナーシュリンプも皆1、2年で代わっていきます。
(ウツボの体表に棲みつく寄生虫などを食べてきれいにする小さなオトヒメエビなどをクリーナーシュリンプとよびます)

ウツボはその鋭い牙とグロテスクにも見える姿で周りの魚からは遠巻きにされていました。実際、肉食の身体でしたから、恐れられても仕方ないのですが、その生態とは裏腹に優しく繊細な性格で様々な生き物と色々な話をしてみたいと思っていました。

一番の話し相手は小柄で可憐なクリーナーシュリンプでしたが、彼らの小さな姿と裏腹に毎年、自分の体が大きくなっていき、目立ちたくないのにその鬱蒼とした雰囲気の漂う姿になっていくことも、ウツボ自身を憂鬱にさせるのでした。

もう20年ほど昔のことになります。ウツボは若くて食欲旺盛でした。いつものように岩礁でのんびりと過ごしていましたが、なんとも美味しいにおいがしてきて、目の前に降りてきたイカをパクンと食べてしまいました。
たちまち引っ張られるように釣り上げられて
堤防のコンクリートの上に落とされました。

おじいさんの釣り人に釣られてしまったのです。おじいさんは孫娘と一緒に海釣りに来ていました。ウツボは陸に釣り上げられて気が動転してしまいましたが、自分を見るオレンジ色のワンピースに黒い大きな瞳と長い黒髪の小さな女の子が、カクレクマノミの妖精のように見えて、そのまま見惚れてしまいました。

「ボ、ボクを怖がらずに見ている…」
ウツボは放心状態になりました。

小さな人間の女の子が、自分の姿を見ても怖がらないどころか、興味津々に眺めてくることにウツボらしくもなく照れてしまい、暴れる気力を失ってしまいました。

おじいさんは、そんなウツボを見て言いました。

「あんまり元気ないな、このウツボは…。
どこか病気かもしれないな…」

そう言って海に戻してくれました。

そしてその数年後、大地震が起こり津波で海の中に人間が流れこんできました。よどむ海中には漁港や市場の魚やタコなどが漂い、ウツボは喜んで食べまくりました。
美味しそうなタコにかぶりつくと、珊瑚に服が引っかかった女の子に気付きました。

遠い昔に嗅いだ記憶のあるにおいがします。そばに寄りしげしげと眺めると、その女の子が昔、ウツボが見惚れたオレンジ色のワンピースの女の子だと気づきました。

ウツボはユラユラ揺れる服の裾に齧り付くと珊瑚から女の子を引き離し、自分の細長い体を女の子の体に巻き付け運びました。そして岸まで連れて行きました。
横たわる女の子の横に寄り添うウツボ。ふと視線を感じました。異色の組み合わせに人間の皆が目を奪われるのは無理もありません。しかし警戒心の強いウツボは、人の目に気づくとそそくさと海に戻って行きました。

荒れた海でしたがゴミと混じり食べ物にも沢山ありつけたウツボは元気いっぱいです。ふと体にこびりついた寄生虫が人を運んだ時にこそげ落ち体がスッキリしたことに気づきました。

気分爽快になったウツボは、再び自分の体が巻き付くちょうど良いサイズの人間を見つけては岸まで運んで行きました。

さきほどの岸にはオレンジ色の服を着た人間が数人集まってました。人間に巻き付き海に流された人を運ぶウツボの姿を見て歓声を上げました。

ウツボ人生初の体験です。まだまだパワー全開のウツボは3人目の人間を探しに海に潜りました。

岩場にズボンのベルトが引っかかってしまった少年を見つけ自らの鋭い歯でちぎり岩から離す少年に巻き付き岸まで運びました。

岸には先ほどの倍以上の人だかりができてました。ちょっと気後れしたウツボでしたが、陸に住む人間を陸に戻すのは、ごく自然なウツボの思いやりです。と、そこでカメラのフラッシュがウツボを直撃して、ウツボ人生初の出来事にウツボは気を失ってしまいました。

それから、どれくらいの時間が経ったのでしょうか。ウツボは静かな海の底で目を覚ましました。信じられない出来事はウツボの夢だったのでしょうか。

いいえ、ウツボには、大好物のカニとエビの首飾りがかけられてました。人間たちから贈られたものです。少年を助けた時にベルトのツク棒が刺さって体にできた傷も残っていました。
*ベルト穴に通す数センチの尖った棒

「あ、やっと目を覚ました!
生きてて良かった!」
ウツボを心配していたクリーナーシュリンプたちが言いました。

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