超短編「2人の男の話」

人生、女の私は新たな自分になった…

2024.3.16
思いつきで書いたけれど今読み返して
何か物足りない感じがしてます。

… … … …

窓際の席に男性が2人、向き合って座っていました。そこは昭和の初めから続くレトロモダンな名建築カフェでした。窓ガラスの外側には黄色いイチョウの葉が1枚はりついてました。2人の話を盗み聞きするように小さな黒い蜘蛛もいました。

30年前。
平成の初め、西村マドカは建設会社に入社し、営業として大好きな店舗設計の現場を回る毎日でした。時は男女雇用機会均等法の施行された後で、会社は初めての女性営業に未知なる期待を抱いて見守っていました。

マドカの父は趣味の日曜大工が高じて別荘を手作りしていました。台風が来ると建築途中の現場を確認しに行ってました。そんな父の姿を見てマドカは育ってきたので、悪天候の時こそ、建物の確認が大切だと身をもって知っていました。

父は言っていました。
「良い建物は人間を守ってくれる有難い存在なんだ。強風や大雨の時こそ、どこに弱点があるか確認しとかないといかん」

なのでマドカは台風がくると設計部の担当者と一緒に現場に直行して下見に同行していました。

大雨のニュースで、河川の水位が上がると、増水した川を見に行く危険な行為は慎むようテレビで注意勧告されるが、見に行ってしまう無鉄砲な輩の気持ちはマドカはよくわかっていました。

経験とキャリアを重ねてマドカは30代半ばとなってました。そして貧血と毎月の女性特有のものに頭痛と腹痛にも悩まされるようになってました。そんな不調の時に、現場確認すべきタイミングが重なりました。運悪く悪天候の強風に煽られて現場で足場を踏み外しそうになるアクシデントを起こしてしまいました。幸い同僚の咄嗟の手助けで大事に至りませんでしたが、それ以来、無理して確認しに来なくて良いと言われるようになってしまいました。

さらに安全管理の面からも社内規定が設けられてしまいました。マドカの仕事の強みは、クライアントの要望に忠実に応えつつ充分な強度ある建物にする為に工事が着工した後も状況から微調整をしていく姿勢にありました。勿論マドカも、きちんと内部構造を把握しつつ理想の完成像を実現することが達成感に繋がっていました。

マドカの同期の男性社員たちは、エネルギッシュに色々な現場に向かって実績を重ねてました。

結局、体力的に人生設計のために現場を去る女性社員たちを見送り、一方で男性社員の「女は逃げられるからいいよな」といった言葉を耳にして、マドカは女でいることが嫌になりました。

しかも自分の体の不調は女性ならではのものです。やりたい事が、やらなければならない時にできないジレンマに苛まれました。

悩める時期を経てマドカは50代になってました。今は落ち着いた毎日で穏やかに過ごしています。

…令和の時代。昭和からの名建築カフェの窓際で男性2人の会話は続いてました。

メガネの男性が言います。
「で、後悔してないのか?
人生も半世紀過ぎてしまった今…?」

ヒゲを生やした男性が言います。
「いや、仕事が人生の友になる生き方も悪くないかと思うんだ。俺はあの時、仕事のこなせる体のままでいたかったし、男女の煩わしい憶測の噂話も邪魔でしかなかった。仕事をしている自分でいることが何よりも安心になっていたかもしれない。
後悔はしていない、仕事を思う存分やりぬくことができたし、評価してくれる会社にも恵まれた。しかし、然るべき場に行けば、自分のような人間が結構いるのが、今どきの時代なんだな。
まさか こんな時代がくるとは思わなかったよ。」

窓際の2人の話を盗み聞きしていた蜘蛛は
窓の隅にいつのまにか白い卵を産み付けてました。

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