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母と祖母とわたし

#創作大賞2023 #エッセイ部門

感情表現の素直さ

いわゆる姑と同居の家族です。
嫁と姑と孫娘。一筋縄ではない関係です。
その祖母も今年100歳になりました。ビールをこよなく愛していますね。同居してた頃は飲んでいる姿をあまり見たことがなかったのに、晩年に待ってからめちゃくちゃ飲んでます。母は最初すごく心配していたんですが、もう諦めの境地なのかも?
私ね。ずっとこの3人の関係を文章にしたかったんだよね。そう思っていた時は、まだまだ生傷満載でうまく表現できなかった。どこから手を付ければよいのか?見当もつかなかった。若い時とは違う視点で見れるようになってきた気がするんだよね。祖母が100歳を迎えたことで、ちょっとファンタジーっぽくなるというか・・・。リアルで傷つかなくなったというか・・・。
祖母の存在感が人間ではなくなってきてるんだよね。いろんなものがそぎ落とされていってる感じ。子どものような透明感のある欲望っていうのかなぁ?人にどう見られるか?をもう気にしていない感じがする。とにかく素直な感情表現をする。それは決して優しい側面だけではないんだけど(笑)急に理不尽な怒りをあらわにすることもある。こちらとしては、何に対するお怒りなのか?よくわからない事もある。笑っただけで「笑うな!」とにらみつけられたこともある。「きらい!」と言われたこともある。大きなダメージを被る事もある。こだわりも減ってるのか「さっきはさからってごめんなさい」と急に謝られて笑ってしまうこともある。ファンタジー的存在になるまでは、そんな風に謝られた事は記憶にはない。怒るとバンバン音を立ててドアやふすまを開け閉めする、髪をかきむしって怒ってる姿は忘れられない。基本的に感情と欲望がむき出しの人だった。だからぶつかる事も多かった。むちゃくちゃだもん。7歳の私の持ち物を自分のモノだと言い張ったり(笑)無茶苦茶な人だった。それが人にどう見られるか?という心配が消えたんだろうか?その無茶苦茶さがかわいい。500mlのビールをクーっ!とおいしそうに飲み干し、酔っぱらってゆらゆら揺れながら、不思議な歌をか細い声で歌い、大好きなお菓子はこそ―っとタオルの下に隠す。嫌な事を言われたら顔をくちゃくちゃにしてあかんべーをして見せる(笑)
しっかりしてた頃の祖母は無茶苦茶なことを言うことがあるので、腹の立つことも多かった。熱を出して学校を休んでいると、「弱虫!」と言いに来るんだよね。いや、弱虫ではない!はぁ?って思ってた。しんどすぎて言い返せなかったけど。
ファンタジーになった祖母がその言葉の意味を教えてくれた。戦災未亡人である祖母は女手ひとつで父である息子を育て上げた。その中で熱があっても外で土方仕事もしてきたそうだ。熱があるから・・・で休んでいたら仕事をもらえなくなるから、必死で働いてきた。つらかった。しんどかった。そやけどそのおかげで、息子と2人きりの家族がこんだけ増えた。ええ息子に育ってくれた。ありがとう、ありがとう。みんなありがとう、感謝感謝・・・と言って手を合わせて喜ぶ姿を見て、「弱虫!」という言葉の裏にそんな思い出があったんだなぁ…って思った。これは聞かないとわからない。しっかりしてた頃は、そんな苦労話をするのが嫌なタイプの人だったのかもしれない。誰もが初めて聞く話だった。
祖母の中のいろんなストッパーが外れて、隠されてきたコアな部分が見え隠れしているのかもしれない。嫁姑関係で苦労してきた母が、「こんなかわいい人になってしまうなんてずるい」とよく口にする。これには同感だ。
「かわいがってね」と言うらしい。そんなかわいらしい事を言えるってすごいなぁって思う。自分のことをかわいがってねって言えたことなどただの1度もない気がする。多分祖母もそうだったろうとは思う。人生の終盤で言える素晴らしさ!もしかしたらどこかにたくさんいるのかもしれないけどさ。私には考えられないし、祖母がそんなことを言うなんて⁈という驚きと、なんとも言えないかわいらしさがある。100歳で初めて見せるかわいらしさ!
人ってとんでもない変化を見せることがあるんだなぁ・・・目の当たりにできた幸運とその記憶を残しておきたいなぁと切実に思う。おばあちゃんになったからって色んなものを諦めなくていいんだなぁって思う。ビールも飲んでいいし(笑)好きなお菓子はこっそり隠してキープ。嫌な事を言われたら童心にかえってあかんべーをお見舞いする。そして同居家族に「かわいがってね」と頼んでみる。好きなときに食べ(食べたことをよくわすれる)ビールを飲み、そのあとに出るげっぷを楽しみ(笑)、酔っぱらってはご機嫌で自作の不思議な歌や童謡を歌い家族から拍手喝さいを受ける。最高やな🎵と思う。本人はいたってまじめにやっている。決して笑ってもらおうなんておもいもしていない。だからこそ面白い。ここ最近は帰省するたびに祖母と父の散髪をする。もちろん素人カットだ。それでも喜んでくれる。私も嬉しい。色んな思いがあったけど、最終的に私に髪を切ってほしいと言ってくれたことが嬉しい。まさか自分が父と祖母の頭を触る事になるなんて(目上の人の頭を触るもんじゃない!と怒られた経験あり)驚きである。毎月写真を撮って確認する。父は何も言わない。祖母は父のカットにも自分のカットにも注文を付ける(笑)「ここもう少し切って」とか「あそこもうちょっと短く至当いたって。かわいいしたってや」と。100歳の母が80歳目前の息子の髪形に注文を付ける(笑)ほほえましい限り。
私は思う。結局のところ湧き出る感情を素直に表現できる人にはかなわない。かくしてごまかして愛想笑いをしてても、なんとなく感じてしまう裏の表情ってある。そんな事なら偽らず、怖がらず、多少の摩擦を覚悟の上で正直に表現する。100歳を待たずに、自分を「かわいがってね」って言えてしまう人生の方がかなり面白そうな気がする。

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