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お葬式が結婚式になった理由 (ショートショート お題:一衣帯水の地のバレンタイン)


 (699文字)
 「和ちゃん、和ちゃん」ふみちゃんが和夫さんのストレッチャーに縋り着く。
 涙と鼻水でべしょべしょの文ちゃんは、引っかかった毛布みたいに引き摺られていく。

 手術室の手前で振り落とされた文ちゃんは、一衣帯水いちいたいすいの地で起きている戦いを諦めたように、呆けていた。

 和夫さんに癌の疑いがある事はギリギリまで知らせていなかった。
 でも文ちゃんはこの先、本当にのけ者にされてしまう。内縁の扱いなのだ。

 私は文ちゃんを売店に連れ出した。
 片隅に、淋しげなバレンタインコーナーがあった。

 待合室で文ちゃんはちらっと私を見た。
 「ん?」
 「どーせ、和ちゃんすぐには食べらんないもん!」
 ぽいぽいっとチョコを口にほうり、小突きあいながら笑った。

 看護士さんが文ちゃんを見て足を止める。
 「文ちゃん?ですよね」
 文ちゃんはチョコがはみ出た顔をあげた。

 「あの、癌もどきだったみたい。」思わず、と言った風に顔を寄せて囁く。
 「は?おでん飲み込んだの?大丈夫?」
 文ちゃんは素っ頓狂に看護士を心配した。
 
 腫瘍の中には、癌と診断されても消えてしまったり、成長しないものもある、そんな症例を「癌もどき」と呼ぶことがあるらしい。


 「なんだよ。葬式のつもりで礼服買っちゃったじゃん。」
 文ちゃんはお花屋さんでブーケを貰って、言った。

 喪服をDIYした文ちゃんと3人、喫茶店でケーキを食べる。
 未だ正式な入籍が叶わない同性婚の、ささやかな結婚式だ。
 「ほれ、ケーキカットしなさいよ。」
 ふざけてフォークを差し出すと、案外真面目に、二人はケーキを割っている。

 春らしく飾られた苺が、香った。




 参加させて頂きます
山根あきらさま
よろしくお願い致します🙇
いつもありがとうございます!

見出しの素敵な帯は山根あきらさま作です✨✨
ありがとうございます!

#青ブラ文学部
#一衣帯水の地のバレンタイン

追記 山根あきらさま

読んで頂き、マガジンへの登録本当にありがとうございます😭✨


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