父の資格 2
はじかれた手を所在なさそうに持て余すと、
りんは床に落ちた肉を拾って銀次郎の皿に戻し、
また二人の中間に座った。
「俺は食わねぇからな。」
銀次郎が言うと亜季は
「なんなの、大人げないわね。」と言う。
「りんが食べるの手伝ってあげる。」りんが銀次郎に言う。
りんの食べ残しを、いつも銀次郎が「手伝って」食べてやるのだ。
「いいわよ、ママが食べるから。」
「いいじゃねぇか、ばっちり柔らかくなってんだろ。」銀次郎が肉を亜季の口元に持ってくと、亜季は黙って肉に齧り付いた。
「柔らかい?」とりんが聞く。
「うまいか?」銀次郎が重ねて聞くと
「ふぁあねぇ。」亜季は肉をかみ砕きながら二人を見た。
「銀ちゃんが投げた方が柔らかくなるわね、ゴリラだから。」
銀次郎が可笑しくなって「そんなら俺が投げてやる。」と言うと、亜季は「銀ちゃんも食べてみなさいよ。」と肉をナイフで切り分け、銀次郎の口にねじ込んだ。
「りんも食べる。」
りんが言うと、
亜季の「りんはダメ。」と、「お腹壊しちゃうだろ!」と銀次郎が言う声が重なった。
銀次郎が肉を平らげながら
「お前、絵の具無いから明日から絵、描けないぞ。
俺はもう金出さねぇからな。」
というと、りんが
「大丈夫、あの絵の具箱はもう、空のだけだから。ね、ママ。」と言った。
銀次郎はごろりと寝っ転がった。
「俺はどうせお前らの下僕だよ。」
りんは亜季の膝の上で、母のブラウスの裾を折り曲げて遊んでいる。
銀次郎がりんに襖についたステーキのシミを指さしながら
「見ろ、あれがアフリカ大陸だ。」と言うと、亜季が「翼よ、あれがパリの灯だ。」と言った。
この母娘は二人で一つの心臓を使っているんじゃないかというくらいかばい合う。
いくらどちらか一方と二人きりの時に上手く取り入ったつもりになっていても結局裏切られることになる。
亜季がぐずるりんを寝かしつけて戻ってくると、銀次郎は明け方まで亜季に仕事の愚痴を言い、ナースや患者の真似を披露した。
気が済むと亜季を開放し、三時間ほど眠って、またこの一卵性母子の為の金稼ぎに病院に向う。
出かける背中に目を覚まして寝室から出てきた亜季が、なんでテレビの前でお菓子を食い散らかして寝るのかといつもの愚痴を言った。
ー諦めの悪い。おまけに我儘で生意気だ。
俺がいなけりゃ、喰いっぱぐれて、5歳のりんと野垂れ死んでいたかもしれないのに、ちっとも勝った気がしない。
結婚してからこの一年、ひたすら尽くして来た気がするのだが、さっぱり見返りがない。
俺はどれだけお人好しなんだ。