見出し画像

明日の私

明日の私は、どう生きてるんだろう?

明日は幸せになりたい。

明日は逃げよう。

明日は、誰かに話そうり

そう思う毎日でした。

自分は幼少期から、酷い虐待を受けていました。今は、親からも離れ、施設で暮らしている17歳です。死んでもおかしくなかった状況でした。保育園の頃から、暴言や暴力があり、自分は、そのころから人がだいっきらいでした。小学校に上がり、親は勉強で、1番を取らせるため、夜中の3時まで勉強をさせ、寝落ちすると、叩かれていました。その衝撃で、自分は椅子から落ち机の角に目をぶつけ今弱視で今も視力は下がっています。その時の自分の身長は105センチの18キロでした。そして、父も母からのDVが原因で離婚しました。そんなこんなで私は母方の、おばあちゃんの家で、暮らすことになりました。そのおばあちゃんは、母同様暴力、暴言が酷く、しまいには自分は殺されるんじゃないかという気持ちでいっぱいでした。洗濯機に回されたり。お風呂に入りたいといったら首を捕まれお湯の中にむりやり顔を突っ込まれたり。包丁で腕を切られそうになったりと、なんとか、今生きてます!

中学に上がり、状況は変わらずでした。でも、部活の先輩がいつも私にご飯をくれてそれでいつもしのいでました。でも、おばあちゃんにバレたときは凄い殴られたりしました。おじいちゃんには、性的虐待をされていて、中学に上がったとき、おじいちゃんが、私の体を触ってくるようになったり、しまいにはセックスまで、強制的にされるようになりました。それで自分は、児童養護施設に入所しました。でも、高校一年のときに入院をきっかけに施設を出てかされ、また、家に戻りました。そして自分はまた、暴力の日々が始まり、それが嫌で、助けてくれない児童相談所も、嫌になり近くの橋から飛び降りました。胸椎破裂骨折。医師にはもう歩けないと言われました。でも、奇跡的に今、後遺症は、あるものの一応歩いています。そして、退院した直後私は家を飛び出し、一人暮らしを始めました。そして、ワンストップさんと出会い、今でもその方達とは連絡を取り合っています。そして私は、今を生きているということに感謝が沢山こみ上げています。

この人生色々あったけど100になるとちっぽけだなって思います。

辛い。苦しい。死にたい。

この言葉は簡単には言えないものです。

甘えじゃない。苦しいときは頼れる人に頼ってほしい。だけど、裏切られるのが怖いんだよね?

自分を傷つけることで落ち着けてるんだよね偉いね。生きててありがとう。

君は一人じゃないよ。

明日はどう生きていくか一緒に考えよう。

そして、対処を一緒に考えよう。

毎日、君がいるだけで、私は幸せです。

いいなと思ったら応援しよう!