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ホノルルマラソン経由東京行きの恋人【短編小説】
バリ島から帰り、また仕事場に戻る。職場のお土産は、バリで購入したチョコレート。
上司からは、「裸の旅は楽しかったか?」と少し嫌みを含んだ質問にも僕は、笑顔で返した。
「すごい暑かったです。途中、道に迷っちゃいましたよ。」
僕は、とても疲れていた。笑顔の裏は泥のように眠りたい気持ちでいっぱいだった。
次は、12月のホノルルマラソンに向けて、フルマラソンの練習を始める。フルマラソンは、ゴールするのは簡単ではない。当時、モデルの長谷川理恵が毎年、ホノルルを走ることで、脚光を浴びていたが、実際に走るのは準備が必要だ。
僕は、9月から11月まで。毎週土日は10キロづつ走って体を整えた。スポーツジムに通い、ロードランも何度もこなした。
ホノルルマラソンは、世界からこの日を目指して練習を重ねタイムを争う前列グループと、仮装をしたりカップルで参加するものもいたり、多様性のあるジョガーの集まる年に一度のお祭りフルマラソンイベントだ。
僕は、前日から関空経由で向かった。
ジョギングシューズも新しいミズノのシューズを購入し、飛行機に乗った。
そして、空港でナオミと待ち合わせた。
空港では、ナオミは友達と二人で待っていた。
友達はミサトだった。そう、最初のデートでナオミの代わりにディスニーシーでのデートをした彼女。彼女は僕とナオミの関係を良く理解していた。期間限定の恋人もこのホノルルでおわる。
ホテルはナオミが取ってくれたので、前日は、3人でレストランで食事をした。
ナオミは、レッドアイを注文し、僕は、ビールを注文した。ミサトは、ハイネケンを飲んでいた。
乾杯したが、会話は静かなペースで進んだ。
最後の晩餐があったとする。僕は、キリストだとすると、きっと誰かに恨まれているに違いない。
次の日、朝早く集合する必要があった。スタートが5時だから、朝早く起きてランニング姿に着替えた3人は、スタート地点で軽くアップをして、ナオミとミサトは、スタートからゆっくり走る。
僕は、「遅いと置いてくから。」と10キロまでは強気にハイペースだった。体が軽い。
「これは調子がいいぞ。練習の成果をだせるはずだ。」
朝から花火が上がり、ホノルルマラソンは大いに盛り上がった。花火を見ながら、走るワイキキビーチのアスファルトは、走るポテンシャルも引き出してくれる。10キロからは、スピードも落ちていき、20キロの折り返しの地点では、息も上がっていた。
30キロ付近では、足がつりはじめ筋肉痛でズキズキしはじめるボロボロの状態なのは、痛みからもわかる。
でも、路上の応援する観客がキャンディーやお茶などをくれる。
勇気づけられ、元気づけられ、ゴールを目指した。
40キロ付近では、歩くのがやっとの状態で、もうすでに5時間を超えていた。最後の2キロで、ついにナオミとミサトが追いついてきた。最後の力を振り絞って、三人でゴールを目指す。
最後にミサトから提案があったかは。
「二人で最後は手を繋いでゴールしたら?」
彼女も気をつかってくれたのだ。
そして、「じゃ、手を繋ごうよ。」
僕はそう言って、ナオミの手をとりゴールした。
「ゴールイン!」
ゴール後はシャワーを浴びて、休憩地点で座り込む。
「おなかすいたー。マクドナルドのハンバーガーが食いてー!」
しかし、実際はホノルルマラソン大会に三人は参加して完走した記録はあるが、僕は、30分くらい遅れてゴールしている。
僕の記憶では、疲れた記憶しかない。
手を取り合ってゴールすることが理想ではあったが。
しかし僕の現実は、一人で、足が痙り、肉離れを起こしそうになりながらの一人でのゴールだった。
そして、ナオミとミサトともゴールした後は、再会しなかった。連絡できる手段もなかったのだ。海外で携帯電話はつながらなかった。
もちろん後日談はある。
それから、「ナオミは仕事を辞め、カナダへワーキングホリデーに行ったよ。」と、ミサトに聞いた。それは連絡が取れなくなってから二年後のことだった。
僕には孤独な日々が待っていた。
これまでの、オレンジ色の太陽の下でぶら下がって、毎日を過ごしていた日々は終わったのだ。
僕は、逆境を乗り越え、ひたすら自分にプレッシャーをかけた。二年かけて、国家試験を目指した。とにかく、自分をさらに強くする必要があり、全てを忘れて、ストイックに集中する毎日を送りたかったのかもしれない。
資格取得に必要な時間は、1200時間。
1日3時間平均として、365日。一年間、毎日勉強して1095時間。もう2ヶ月足りない。14ヶ月を逆算して、試験の8月に合わせて4月から助走期間も含めて約1年4ヶ月、ストイックに禁酒、禁煙をした。
この間は、ジムのプールで泳ぐのと、読書をするのが唯一の楽しみだ。
ゴールを目指すには、様々な自分のモチベーションとなる固い意志に、フックをかけ、いわゆる遠心力のような作用を引き起こす必要がある。最後のフックをかけた意志は、ナオミに再び会うことだった。
それは確かに僕に大きな力を与えてくれた。
そしてついに翌年には、目標の資格試験に合格を果たし、再び実地研修で、半年間東京へ行くことになる。
東京で数年ぶりにも、ナオミから電話があった。
「ひさしぶりー!あれからカナダにワーホリいってさー、今は転職したんだよね。東京にいるなら、会いたい。ただ、私が電話するということは、たぶん今の環境がきびしいからなんだよねー。わかってー。ごめん、夜眠れないときに電話するかもしれないし迷惑じゃないかな?また、電話していい?出なくてもいいからさー。」
彼女はそう言って、次の日に品川で夜ご飯をいっしょに食べる約束をした。
そして、次の日品川で待ち合わせした。
しかし、いくら待っても彼女は現れなかった。
夜遅くにメールがあった。
「ごめん、今はやっぱり会えない、会う勇気がない。これから私も強くなるから。いつか、お互い落ち着いたら、また話せたらいいね。」
彼女のそのメッセージを最後に連絡が取れていない。
再会できる日。その日をどこかで待ちわびていた。
3年後、ソーシャルメディアでついに再会した。
しかし、お互いを避けるように、あえて友達としてはつながらなかった。その頃には夜遅く、彼女からの着信もなくなっていた。
しかし、今も遠くから見守っている。
彼女には幸せになってほしい。
彼女はそれから数年後に結婚をした。
夜空を見上げて、幸せを祈ることがある。
夜空には、三日月が浮かんでいて、手に届かない距離から、あたたかく僕を照らしている