英語は楽し! 第19弾 マライアキャリーの「恋人たちのクリスマス」から思うこと
Ⅰ 始めに
今年もクリスマスの季節がやってきました。街には様々なクリスマスソングが流れています。ジングルベル、ジングルベル…、真っ赤なお鼻のトナカイさんは…、あわてんぼうのサンタクロース…、山下達郎の「クリスマスイブ」、 稲垣潤一の「クリスマスキャロルの頃には」・・・。
しかるに、数ある中でおそらく世界で一番愛されているクリスマスソングは、マライアキャリーの「恋人たちのクリスマス」であろうという説があります。
同じリズムの繰り返しの曲ですが、全く飽きることがなく思わずウキウキ踊りたくなってしまう不思議な曲です。おそらくマライアキャリーの人間離れした歌唱力とあまりに豊かな声量のせいだと思います。「歌姫」と言われる所以です。
Ⅱ なぜ「恋人たち」なのか?
この歌のオリジナルタイトルは All I want for Christmas is you. です。一曲の中に何度もこのフレーズが流れます。直訳すると、「私がクリスマスに欲しいものはただあなただけ」です。これが「恋人たちのクリスマス」という日本語タイトルになったのです。
恐ろしく完璧なタイトルです。到底私のような英語学習者には思いつくことができません。
何と言ってもオリジナルタイトルの I が「恋人たち」に翻訳されています。 I は言うまでもなく「私」 。この「私」 を「恋人たち」にすり替えたところです。
この I を日本語で「私」と訳すことも可能だったところを、「恋人たち」と訳したのです。
これにより、この歌はマライア一人の歌であることを止め、世界中の愛し合うカップルたちの歌へと一足飛びに昇華させたのです。
次に、英語の All I want for Christmas is you. の、 All、 I、 want、 for、 is、 you を思い切って無視した勇気がすごいです。しかし「Christmas だけは外すわけにはいかない・・」。ここで訳者は考えたはずです。“クリスマス”は入れた上で、「なるべく短いタイトルにしなくては」と。
英語の洋画は必ず字幕スーパーが付きます。その字幕スーパーには一場面で何語以内に収めなくてはならないという約束があります。その字数枠の中で映画のすべてを伝えるのです。しかも実際に話されているよりはるかに少ない語数でなくてはなりません。激務です。私の上記の直訳のような長たらしい字幕ではだめなのです。
この名曲の訳者は、胸をワクワクさせながらクリスマスを待っている世界中の愛し合う二人の気持ちを称賛するにはどうしたらいいか、考えたはずです。短く、美しく、そして分かりやすく。そして完成したのが「恋人たちのクリスマス」。
Ⅲ 終わりに
外国の言葉を母国語に訳す仕事をする人は実に素晴らしい仕事をしていると思います。彼らの存在がなければ、私たちが失うもの、手に入らないものは実にたくさんあることでしょう。
例えば、メジャーな洋画の字幕スーパーを担当する第一人者に戸田奈津子さんがいますが、彼女の力があってこそ私たちはその洋画を堪能できます。実に貴重な存在です。
英語教育に携わる者として、言葉の持つパワーと感動を生む言葉を紡ぎ出すことの素晴らしさを子どもたちに伝えていきたいところです。