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ある夏の明け方、奇妙で素敵な夢を見る

お互いが24歳のときに、僕らは付き合い始める。そのとき僕はまだ大学院の修士課程にいて、彼女は大手の商社で多忙な毎日を送っている。ある11月の日、冬が近づいて人々が手袋をつけたくなるような時期だ。僕らはたまたま阪急電車で乗り合わせる。彼女は仕事帰りで、僕は大阪大学での学会発表を終えたあとだった。長らく会っていなかったため、お互いがいまどうであるか、遠くで就職した共通の知人らが今何をしているかなどで話は持ちきりだった。彼女は仕事が明日は休みだったので、食事でもしないかと誘ってくる。もう常に金欠だったあのころの彼女ではなく、社会人になった彼女はためらいなく雰囲気の良い洋食屋に入り、いちばん高いステーキ定食を注文する。話し方のやわらかさやちょっと抜けたような雰囲気はあのころと変わらないのだが、ビジネススーツを着ていたことがやはり彼女を大人びさせていた。そしてなんやかんやあり26歳になった年に僕らは結婚する。やがて二人の子宝にも恵まれて、幸せな家庭を築くことになる。僕らは長野県松本市に引っ越して、一軒家を建てる。そのときには僕は松本市のベンチャー企業で働き、そして彼女は週に二回新幹線で東京の企業に出社している。僕と彼女はローン返済と家計のために働き、それと同時に二人で協力して子どもを育てていく。たまに僕の母親に子どもを預かってもらうこともあった。やがて僕らは壮年期を迎え、二十歳となった長男に、かつて青年だった自分の影を感じるようになる。まだ若かったあの大学生の日々のいろいろな葛藤や焦燥を思い出してなんだか懐かしくなる。あんなに苦しかったのに、記憶になるとどうしてこんなにも美しいのかと、不思議に思う。五十歳後半あたりで、やがて子供らもそれぞれの道に進み、妻と二人で穏やかな毎日を過ごすようになる。ちょっと気が楽になったけど、なんだか寂しいね、なんて言い合いながら。一息ついて、改めてこの人と結婚して良かったな、と強く思うようになる。この人となら何歳になっても笑い合えるだろうと見抜いていた当時の自分を誇らしく思った。苦しいことも多かったけれど、今までの人生思い返してみれば良い人たち、環境に恵まれてきたな、と心からの幸せと感謝を感じるようになる。そこで夢からハッと目が覚める。それと同時に絶望をする。自分自身が孤独で退屈な、特にやりたいことも見つからないしがない大学生であるという現実に気がつく。絶望的な絶望を十分味わったのち、夢の続き見たさにもう一眠りしようとする。でも三十分後に目覚ましがリンリンと鳴り、結局起こされることになる。午前だというのに外は三十度を超え、蝉はうるさく鳴いている。けだるげに自転車を走らせながら、今日も仕方なく退屈な二限に向かう。

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