「ねえキスしよ」(Y#6)
数日過ぎるとまた会いたくなったのだった。僕の住む街では出稼ぎ嬢の多くは再び来ることがない。彼女も関東の本店には在籍がない。そうなのであれば最後に会っておきたいと思った。迷いなく出稼ぎの最終日のラスト枠を予約した。
ドアを開けると笑顔の彼女がいた。
「こんばんは。すぐに呼んじゃってごめんね。嫌じゃなかった?」
「えへへ。ありがとう」
「もうここには来ないかもしれないからね。会っておきたかった」
「ちょっと変わっているけど良いお店だと思っている。
でも次にいつ来るかはわからないな」
彼女の言葉の選び方には特徴があった。他人に対するネガティブな言葉は可及的に避けて言葉を選んでいるようだった。明るく振舞っているが、それでも全てに対して肯定的には見えなかった。伏せてはいるが不満や疑問を常に抱えていることが言葉の端々から見えてしまった。わかりやすい表現として発せられたのはこれだろう。
「良いお店だとは思うんだけど」
「良い人だとは思うんだけど」
「可愛いとは思うんだけど」
そのあとにネガティブな言葉が続きそうなのだが出てはこなかった。どこか遠くを見るような素ぶりで話を終わりにしていくことがあった。
僕が同調して批判的な言葉を発するのを待っていたのかもしれない。乗って来ないなと思っていたかもしれない。伸るか反るか。試されているような気がしていた。
僕は相槌を打つだけだった。自分たち以外のことであってもネガティブな言葉を発したくはなかった。
ラスト枠だったのでお酒を二人で飲んだ。僕を警戒していたら一緒には飲んではくれなかっただろう。僕は偶然なのだが2週間後に関西に出向く予定が入っていた。その話題で盛り上がった。会話だけで時間が終わってしまいそうだったが、彼女は途中で切り替えてプレイを促された。そういうスタンスは嫌いではなかったし、むしろ尊敬に値した。
帰り際にチップを渡そうとすると、やはり拒否した。僕は無理やり彼女のカバンに紙幣を突っ込んだ。
部屋を出ると何度も「いろいろお心遣いありがとう」とお礼を言われた。少し酔っていたのかもしれない。素直に喜んでいるように見えた。
「また会いたいな」
「近々、またお会いできたら嬉しいよ」
近々と言われたが、それはいつのことだろう、そんなことを考えながら彼女に「ありがとう」と言って別れ、一人帰路についた。