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魔境アラザルド

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長篇小説『魔境アラザルド』をまとめています。 序章より順番に1〜並べておりますので、読みやすくなっていると思います。現在は毎月下旬頃に1話のペースです。まだまだ続きます。詳しくは…
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記事一覧

魔境アラザルド1 〜序章〜

魔境アラザルド1 〜序章〜

序章 白い梟

        1

夜が明けて、地平より闇を打ち消す光の一矢が放たれ、無数の葉群れが盛大に輝き出した。
『魔神の大樹』は、この森で一番早く目覚める者だ。
その巨大な樹の根元へと、今朝も兄は小走りに向っていく。
枝から枝へと飛び回る赤や青、黄や桃色の色とりどりの小鳥たちがちゅんちゅんと口々に囀り、早い朝を知らせる。
兄は毎朝食事ができるまでの間、それを眺めるのを日課にしているのだ

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魔境アラザルド2  幻影騎馬団①

魔境アラザルド2 幻影騎馬団①

第一部 五王君
 一章 幻影騎馬団

    1

その黒い巨大な竜巻は、突然姿を現す。

アルーウェン大樹海は、活火山ガランディ山の麓に広がる巨大な森だ。
黒い溶岩の塊でできた城のような形状のごつごつとした広大な岩場と、その手前に広がる針葉樹の深い深い緑の森とで成る。
ユスはそこに程近い町だ。交易が盛んで、行商人が行き交い、市場や交易品の店も数多く、いつも賑わっていた。
マリュネーラ・プトラは1

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魔境アラザルド3  幻影騎馬団②

魔境アラザルド3 幻影騎馬団②

第一部 五王君
 一章 幻影騎馬団

    2

太陽が沈みかけ、すべての影が長く地表に伸びる。

父の遺体は、エリンフィルトの計らいで、まずアルーウェン大樹海のすぐ近くにある名も無き共同墓地へと移送してもらい、更にその墓地の端の方に簡易なお墓を建ててもらった後、土中にも埋めてもらった。
無論、すべて魔法でだ。
マリュネーラは父と最期の別れをし、近くに咲いていた白い小花を摘んで、お墓の前に手向け

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魔境アラザルド4  幻影騎馬団③

魔境アラザルド4 幻影騎馬団③

第一部 五王君
 一章 幻影騎馬団

    3

月が煌々と照らす惨状、破壊された町。
瓦礫と死体。
ユスの町は、沈黙の支配下に落ちていた。
時々通る追い剥ぎや盗人の影。
罪と生きることの狭間。

彼は、すべてを焼き尽くす。
彼は魔王。
私のただ一人の主人。
私の神。

一人の魔人が、過ぎた災厄の跡を、表情を変えることもなく通っていく。
彼の名はレーリック。またの名を『朱燎』という。自分の魔境を

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魔境アラザルド5  幻影騎馬団④

魔境アラザルド5 幻影騎馬団④

第一部 五王君 一章 幻影騎馬団

    4

幻影騎馬団に襲われた日、それはユスの町だけではなく、アルーウェン大樹海を囲む町すべてにおいて祝祭が執り行われていた。
それは、約800年前このアルーウェン大樹海を統べる魔境主が現れた日を祝う祭だった。
何故めでたいかと言えば、かつてアルーウェン大樹海には恐ろしい魔物が数多く跋扈していた。魔境主はそれを魅了して従えさせ、従わず反抗してくる魔物はすべて

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魔境アラザルド6  砂漠の魔人①

魔境アラザルド6 砂漠の魔人①

第一部 五王君
 二章 砂漠の魔人

    1

陸の奥深く、並び立つ山々を越えた先に、その二つの不毛地帯は広がる。

一つ目は、広大な砂の海フェンベス。

優秀な駱駝であっても、なかなか一頭では越えられない遠大さと熱射による死者も少なくないため『果てしない熱砂漠』とも呼ばれている。
この土地を治めるのが、五王君の一人『砂惑君』である。生来の名はデルアリーナという。金色の長くゆったりと波打つ髪と

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魔境アラザルド7  砂漠の魔人②

魔境アラザルド7 砂漠の魔人②


第一部 五王君
 ニ章 砂漠の魔人

    2

ダーシムはフェンベス砂漠の北東、ゼルギス山脈を越えた、その麓の小村だった。
多忙な五王君の一人、砂惑君に代わり、その双生の兄ジルヴィードは、記憶を失った女魔人ダーフェナを連れ、その寂れた村を訪れた。
このダーシムの村が『幻影騎馬団』と呼ばれる黒い竜巻のごとき厄災に襲われたのは、今から約3年前のことだという。
跡形もなく村の家々は破壊され、吹き飛

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魔境アラザルド8  砂漠の魔人③

魔境アラザルド8 砂漠の魔人③

第一部 五王君 二章  砂漠の魔人

     3

「そんなに気を尖らすでない、黒炎の主。そなた同様、わたくしとてあの『幻影騎馬団』の凶行者の疑いをかけられ、迷惑しておるのだ」

一陣のつむじ風が突如として、エリンフィルトの眼前に出現し、周りの落ち葉や塵を吹き上げてまき散らしていく。
その風の渦巻く中心から、一人の女が風を掻き分けるように姿を見せる。

「サラウィーンか、なんだこの惨状は?」

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魔境アラザルド9  砂漠の魔人④

魔境アラザルド9 砂漠の魔人④


 第一部 五王君
   ニ章 砂漠の魔人

      4

連なる黄金の砂丘の群れに葡萄酒をこぼしたような濃厚な紅い影が染みわたっていく夕刻。

彼は片頬に夕陽を受けながら、戸棚から葡萄酒でも蒸留酒でもなく、ふっと目に入った、ほんのりとろみのある甘い果実酒を取り出した。

…ダーシムの村に立ち寄ったのは、今から遡ること10年ほど前だっただろうか。

旅人に扮して、近隣の様子を視察目的でいくつか

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魔境アラザルド10  風の峡谷①

魔境アラザルド10 風の峡谷①


 第一部 五王君

  三章 風の峡谷

    1

コルフィンは、急いでいた。

城内での瞬間転移はなるべくするなという主人の言いつけを守り、亜麻色の石の壁とコルク板を敷き詰め、その上に葡萄茶色の長い絨毯を張った長い廊下を足早に進んでいく。

「我が君、どちらへ!」

ぜいぜいと口から呼気を吐きながら、彼は後ろ姿の主人を呼び止める。
矢羽と弓を背負い、腰に剣を差し、土色のマントを付けた旅人の

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魔境アラザルド11 風の峡谷②

魔境アラザルド11 風の峡谷②


 第一部 五王君

  三章  風の峡谷

     2

峡谷からの風だろうか。湿った匂いを乗せた西風が、シスプの村に吹き寄せていた。

予告もなく現れた彼にシスプの村の人々は何事だろうと首を傾げた。

「ガラシスは、無事か?」

いつもの土色のマントを羽織った旅人の出立ちではあったが、珍しくお供を連れている。

そこに、長身で長い黒髪を後ろで結い上げた細い吊り目の女が音もなくスッと現れた。

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魔境アラザルド12 風の峡谷③

魔境アラザルド12 風の峡谷③


 第一部 五王君

   三章 風の峡谷

      3

鋭い冷気を孕んだ風をその身に纏わり付かせながら、風刃君サラウィーンは居城をやや離れた峡谷沿いの中空にひらりと舞い立ち、久々の強魔人との手合せに胸を高鳴らせていた。

敵は、己れの強烈な存在感を隠すことなく、彼女を待ち構えていた。
彼の意識の網がこの自分という憎き獲物を、どうあっても取り逃さぬように張り巡らされている。

それにしても、

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魔境アラザルド13  風の峡谷④

魔境アラザルド13 風の峡谷④

 第一部 五王君
   三章 風の峡谷

      4

風刃君が倒された。

その命を絶ったのは、カルーン砂漠の魔人。

噂はたちまち広まり、無論のこと、その妹の王君『砂惑君』デルアリーナにも伝わることになる。
彼女は自城『金砂玉楼』の私室の長椅子に腰掛け、兄の到来をいつかいつかと待ち構えていた。

「これで、王君が1人減って、4人になった…しかも自分で討ち滅ぼしたのよ? だれに遠慮がいると言

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魔境アラザルド14  闇の炎①

魔境アラザルド14 闇の炎①

 第一部 五王君

    四章 闇の炎

       1

或る駱駝の隊商が、砂に埋もれかけている或る一つの遺体を見つけた。

その遺体は、灼熱の砂漠に焼かれたせいか、既に長い黒髪がわずかに残るだけの白骨だったのだが…。

その白骨には、何箇所も針で穴を開けたような跡があった。
頭蓋骨の耳の辺りや、足の甲、手の甲、肋骨、肩甲骨や大腿骨、よく見ると骨盤にもあったという。

隊商たちは、ざわついた

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