望郷
ニュース
少し風が冷たくなった、街路樹の冬囲いがされ始めた。 「今週の木曜日に学校で学力テストが有るんだって。」と、健人が朝の支度をしている美佐に話しかけているが、それどころではない。
会社へ行く支度をしながらの会話は聞き逃しが多い、ましてや月曜日じゃ無理もない。 話半分で「負けるな、健人。がんばって!」と言い、「今日は7時ね」と帰りの時間を言いながら自動車出勤した。
美佐は物流センターの経理の仕事をサクサクこなし、定時退社、買い物と忙しい毎日を過ごしているが、心の支えは小学2年生の息子の健人だ。 面倒な給湯室の会話には、参加しないのだが、「うちの子の通ってる小学校が全国トップの学力成績だって。」話をしている先輩の香菜さんに、「美佐の子も、同じ学校でしょ。」と、不意に話をふられ「そうです。」と言いながら健人が、朝に話していたのをの思い出した。
この地方のニュースは、教育、観光などが主に流される。都会とは違い犯罪がそんなに起きない。
そんななかニュースで「全国一斉の試験で全国トップの成績をおさめました。」と言っていた。
ニュースを流れて、1週間くらいして、健人の通う小学校から美佐の携帯電話に電話がかかってきた。 携帯の表示を見て、青ざめた顔になりながら電話にでると、明るい声の女性から「突然電話してしまい、すみません。 健人君のお母さんの携帯で間違いありませんか?」と言い切らないうちに、美佐が「健人に何か有りましたか?」と言い放った。 それもそうだろう。母ひとり、子ひとりなのだから。 続けて電話から、「申し遅れました。〇〇小学校 教頭の阿川です。ニュースでご存じかと思いますが、全国試験で健人君が全国学年トップの成績だったので、仕事中かと思いましたが御連絡致した次第です!」
成績
教頭先生からの話を聞いてすごく驚いたが、いつもと変わらずに仲のイイ親子で「すごいねー、健人」と言いうと、健人は少し笑みを浮かべながら夕飯を食べていた。
健人は、美佐の笑顔が嬉しかった。
全国試験は毎年実施で、健人が中学校まで試験が有った。 小学校低学年から高学年、そして中学校1、2、3年と、全国トップクラスの学力を保持していた。
そうして中3の受験の年に、進路相談がある。 中3の担任との親子の三者面談の時期になり、美佐、健人、担任の佐藤先生と進路相談がされた。 佐藤先生が美佐へ「忙しい中、時間をいただき有難う御座います。」 「進路なんですが、〇〇高校を受験希望と本人希望ですし、お母さんはどうですか?」と、さらりと言われた。
県内トップ高校だ。
なんとなく県内トップ高校という響きが美佐には心地よく響き、そして健人を誇らしく思った。 高校受験は、子供にとって人生の分岐点だ。その後の進路や極端に言えば、人生を左右する事だ。
健人は県内トップの公立高校へ受験した。 受験する中学3年の勉強の追い込みもしたが、塾に通う同級生たちに少しずつ点数を越されていき、学年トップから少しずつランキングを下げていったがそれでも、志望校に入る事が出来た。
高校入学してまもなくテストがあり、健人は少しあまく見ていた。 テスト結果は発表こそされないが、個人、個人に点数とランキング、大学入試判定まで渡された。
テストの結果を見て健人は愕然とした。 上には上がいる。学年の中で下から、6番目の結果だった。 高校3年間、テストは同じ様な結果だった。いくら、勉強しても学習塾に通う同級生達には叶わなかった。
大学受験を迎え、入試判定のレベルは、第一志望大学のレベルには達しなかった。
健人は外交官志望。 国公立大の外国語学科が志望を目指してがんばっていた。 大学は第一志望には学力が届かず、私立の第2志望大学に入学した。美佐へ苦労をかけてしまうと、思いながらも進学をきめた。
入学金やら何やらで、多額のお金が必要で、奨学金という名のローンをくみながら入学した。 学費以外の生活費は、母親の美佐に負担をかけたくなくてアルバイトからアルバイトと毎日働いた。 勉強時間は夜中になり、そのまま寝てしまう毎日だった。
大学にはいろんな人がいて、アルバイト等しなくても生活出来て遊び歩ける奴を横目に見ながら頑張るしかなかった。
国公立大に「受かっていたら」と、健人がつぶやいた。
どうして、小学校、中学校トップレベルの学力なのに、高校から学力が下がるんだろう。 しかも、高校で勉強の成績が下がったんどろう? 塾や家庭教師に勉強のコツを教えてもらってるから、成績が伸びるのは当たり前の構図だ。
だったら、小学校、中学校の全国試験は意味が有るんだろうか? 結局はそれぞれの学生の家庭の経済状況で決まってしまうのだ。
小学校、中学校の一斉試験の成績に喜ぶ自治体の長は何だろう。 家庭の経済で成績が左右される事がわかりながら、そこにはテコ入れはしないのはなぜなんだろ?
社会人
健人は大学卒業の一年前から、就職活動が始まり、似た様な志望動機を何枚も書き始めた。 なかなか、地方には大学での勉強をし、希望する企業がない。 就職先は地元ではなく、関東圏の企業が主だった。
第ニ志望で入った大学だが、いわゆる東京六大学卒業の健人が志望する就職先はなく、地方の企業側も見合う賃金を払える会社がない。 就職と一緒に奨学金返済がすぐ始まる。地方では返済が出来ない。
母親の美佐も寂しく思っているが顔には出さずに、健人の将来を見据えて県外企業就職の選択した、健人の背中を押す。
働く場所のない地方の親の寂しい選択は、この先どれだけ続くんだろう。
知っているでしょ、街のシャターの閉まるスピードが加速する。
振り向く故郷は望郷の地。
……………………おしまい……………………