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性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第 5 版)への感想

性同一性障害特例法を守る会 美山みどり

さて、唐突にですが、「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」が2024年8月21日に改定され、「性別不合に関する診断と治療のガイドライン(第5版)」(以下「ガイドライン」)として発表されました。ICD-11 での「性別不合」への診断名の変更もあり、それらの対応も含めて今回の対応となりました。

内容的にはさほど大きな変更はありません。しかし、いろいろと気になる点もあります。

私たちの要望書を無視するな

私たち性同一性障害特例法を守る会として、GI学会(旧GID学会)には、当事者としての立場から、何度も要望書を出しています。この当事者の要望書をGI学会はまったく黙殺・無視しているにもかかわらず、今回のこのガイドライン改定では、今までガイドラインを策定してきた「日本精神神経学会・性別不合に関する委員会」と共同して策定することになりました。まず、内容について議論する前に、このGI学会の姿勢に私たちは強く抗議します。

当事者が今後のガイドラインとジェンダー医療に危惧の声を上げているにもかかわらず、それを黙殺して何の回答もしていないのです。医療者として「当事者の声に耳を傾ける」ことなく、このように公的な影響を強く与える治療ガイドラインの策定に関わることは、はなはだしく不誠実な態度であると私たちは考えます。
私たち当事者は、他ならぬこの「ガイドライン」の当事者であり受益者であり、もっともこのガイドラインによって影響を受ける者であるはずです。そしてガイドライン自体、とくに前触れもなく突然発表されたという印象もあります。どれほどしっかりとした議論が、この策定会議で行われたのでしょうか?
33名の名前がこのガイドライン執筆者として上がっています。これだけ多くの執筆者が関わるガイドラインが簡単に出てしまったことには、唐突の感を否めません。本当に執筆者全員の合意のもとに新ガイドラインが了承されているのかについて、疑念を感じる精神神経学会会員による批判(学会誌投稿)にも真面目に対応しようとしないあたり、私たちも当事者団体として極めて残念かつ遺憾に感じるとともに、医療サイドへの疑念も抱きかねない状況でもあります。

今後特例法の改正論議が議会で始まることにもなりますが、今まで以上に専門医団体の「社会的責任」は重大になり、社会に対する説明責任もシビアに問われることになってきます。まさに正念場と言うべき局面に、専門医団体としてどう対応するのか、利害を持つ当事者としても厳しい目で動向を注視せざるを得ません。また社会から「専門医として責任を取れ」という声も強く上がることでしょう。

私たち当事者の懸念に真剣に向き合い、社会の不安を解消するようにGI学会、日本精神神経学会は対応されることを切に望みます。

「性同一性障害」のままでも当事者は困らない

内容的にはあまり大きな変更はないようです。しかし、さまざまな面で「診断を緩める」方向に少しづつ力が働いている、という印象を受けます。確かにICD-11 で性同一性障害は「性別不合」と名前を変えて、「精神疾患」というレッテル貼りを回避するために新設の「性の健康に関する状態」カテゴリーに置かれることになりました。そういう国際的な定義の変更に合わせる、というのが今回の改定の眼目であるのでしょうが、それでも

青年期及び成人期の当事者に対して、主に身体的な医療サービスへのアクセスを保証するための診断であると考えてもよいかもしれない。

p.15

と認めるように、私たちが求めるのは身体的な医療サービスそのものであり、医療介入を切実に求めることで、私たちの「性別不合」というものが定義されるのです。この「性別不合」はかなり抽象的な定義となって、当事者の実感としてはまったくピンとこないものなのですが、私たちがホルモン療法と手術を求める、という事実はどう名前が変わろうとも、誠実に向き合っていただきたい「原点」なのです。

今まで日本が積み上げてきた「医療モデル」が、当事者にも社会にも信用されてきた、という事実は重いものがあります。いたずらに海外の動向をキャッチアップすることが、果たして当事者のためになるものであり、エビデンスベースの医療を推し進める助けになるのか、は議論の余地があります。当事者の率直な意見としては、「性同一性障害」という呼称が「精神病みたいで嫌だ」とは感じません。それ以上に、私たちの問題に対して、医療が手を差し伸べていることを、しっかりと示す呼称であるとさえ感じています。

海外の動向も現在めまぐるしく変化しつつあります。日本の医療モデルはしっかりと機能し日本に根付いているのですから、拙速に追随するよりも、しっかりと動向を見極めて「採用すべきは採用し、問題が多いところは採用しない」という賢明かつ摩擦の少ない方法で、ガイドラインを改定していくことを求めます。

未成年へのジェンダー医療は慎重に

変更点として大きいものは、「小児期に認められる性別への違和感の評価と対応」が追加されたことがあります。もちろん、私たちの問題は、小児期から訴えられる問題であると承知しております。
とはいえ、海外の事象を見るに、未成年者に対する過剰なジェンダー医療の提供が、大きな社会問題を引き起こしていることが、最近日本でも広く知られるようになりました。このような海外の悪例を再現しないように、未成年者へのジェンダー医療の介入には、しっかりとした歯止めが必要であることはいうまでもありません。そのような試みとして、ガイドラインに文言が付け加えられたという意図があるのでしょう。

小児期における性別に対する違和感を評価して対応するときに、そういった違和感が成人期まで持続するとは限らないことに注意すべきである。

p.16

まさにそのとおりです。医療が不要な児童に、早まってジェンダー医療を提供して苦しめることが絶対あってはなりません。未成年者は自身のアイデンティティを徐々に確立していく大事な時期です。そこに偏った聞きかじりの知識によって、歪んだ方向へ周囲の大人が誤導することの害悪がいかに大きいか、ということを前提に置いて、未成年へのジェンダー医療の介入は慎重になされるべきです。

ですので、学会認定医などの専門知識ある精神科医がしっかりとした責任を持って性別違和を訴える未成年者の問題を取り扱うべきであり、教師・カウンセラー・保健医などが一知半解の「人権教育」によって取り扱うべきではない、ということをしっかりと明記すべきです。

医療チームは、大人が先回りして対応しないよう留意すべきである

p.22

としていますから、このような善意の「大人の先回り」がなされないように、これが人権問題以上に「医療の問題」であることをしっかりと周知啓蒙すべきです。このような配慮をガイドラインでも明記して、後で後悔するような医療を誤って提供しない体制を確立すべきではないでしょうか。

思春期ブロッカー問題

さらに、思春期ブロッカーの問題もあります。ガイドラインではこの未成年者への思春期ブロッカー問題を、再評価の上社会的な問題提起をおこなった Cass Review への言及がありながら、あたかもその意義を軽視する見解をしめす記載があります。

Cass Review では、二次性徴抑制療法から性ホルモンの投与、手術といった身体治療に進んだ子どもや若年者がその後に後悔する事例があることも問題視されているが、これも英国のガイドラインではホルモン療法の適応までに長い時間が必要とされたため、二次性徴抑制療法に適するとされる年代よりも高めの年齢の若年者にまで二次性徴抑制療法が適用され(英国における二次性徴抑制療法開始年齢の平均は15歳とされる)、十分な心理面のアセスメントを受けないまま、ホルモン療法、手術と進んでいたという英国に特異的 な状況が背景にある。

p.18

一方、米国内分泌学会(Endocrine Society) を含む諸外国の複数の関連団体からは、Cass Reviewが指摘する事項は旧知のものであり、二次性徴抑制療法はこれまで長年に渡って築かれてきた治療法であるとともに、二次性徴抑制療法の効果や安全性については科学的知見に基づいて判断していくべきものであるという趣旨の見解が示されている。 

p.18

これでは、居直っているようにしかみえません。
イギリスではタヴィストック閉鎖、アメリカでも「反LGBT法」と通称されるような未成年者へのジェンダー医療を禁止する州法が制定されるほどに社会問題化していることへの、医療の側の反省が見られないことを私たちは危惧します。これではジェンダー医療自体が「いかがわしい擬似医療」と社会から非難されることにもなりかねません。
もちろん、このガイドラインでも、

ただし、二次性徴抑制療法を長期的に行った場合に起きる永続的な身体や発達への影響については、良質なエビデンスはない。

p.31

と述べるように、思春期ブロッカーにはしっかりとしたエビデンスはまだなく、実験的な医療に過ぎないものであり、

若年時には実感する性別が 揺らぐ可能性が成人以降より高いこと、また、精神状態が種々の社会的環境に影響されやすいことから、使用継続にあたって精神科医または心理関係の専門家に よる定期的な観察が必要である。 

p.31

ことを認めていますから、専門医による慎重な投与と経過観察を求めていることを、強調すべきです。断じて専門医以外の医師が思春期ブロッカーを投与することのないように、しっかりとした規制を行うようにお願いいたします。

さらに、今までの思春期ブロッカーの国内約100例ほどの投与例について、得られた知見を再評価し、かつ現時点での状況を改めて調査することを通じて、海外で報告される深刻な副作用の疑念について、客観的な評価と議論をできるように公開すべきです
これはジェンダー医療自体のエビデンスについて、大変重大な疑念を晴らすという意味でも、早急にとりかかるべき最優先課題です。

脱トランス者への医療

私たちは受益者です。私たちが求めるものは、

・エビデンスに支えられた安全で、
・健保適用がしっかりとなされた安価な、
・標準化されて全国どの地方でも同じようにアクセスできる

そんなジェンダー医療なのです。私たちは医療によって後悔したくないのです。

ならば、私たちはガイドラインとして、次の内容が欠けていることを問題だと感じます。

一旦ジェンダー医療を受けて性別移行を試みたにもかかわらず、それを自身の誤解だったと「脱トランス」する場合に、しっかりとした脱トランス医療と精神的サポートをすることを、ガイドラインに明記すること

一度性別移行を試みたにもかかわらず、自身のQOLが上がらないと判断した場合に、脱トランスするのはクライアントの権利です。
これはたとえ戸籍変更に至った場合でも保証されなければなりません。一部の当事者は「脱トランス」を裏切り行為のように捉え、「脱トランス者」にいわれない非難を浴びせる話も耳にします。また脱トランスした本人も「脱落者」「嘘をついた」などの負い目を感じ、かつジェンダー医療への不信感を持つために、改めての医療サポートを受けることをためらう傾向があります。
これは大変大きな問題であり、また、移行後に自殺する原因にもなります。
医療に完璧はありません。とくにこの「性別不合」はクライアント本人の申告による部分が大きいからこそ、「誤解していた」となる可能性を否定できないのです。その時に「引き返す道」を医療がしっかりと準備することが、重要なのではないのでしょうか。
「脱トランス」は恥ずかしいことではないのです。
ジェンダー医療はこれをしっかりと救済する責務があるのです。

結語

私たちは当事者として、医療について要求すべき正当な資格があると考えています。私たちの意見を無視したりせず、正面から向き合うことを再度求めます。

以上


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