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阿津川辰海【エッセイ】新刊『録音された誘拐』に寄せて

8月24日、阿津川辰海さんの新刊『録音された誘拐』が発売されました。
刊行に合わせて寄稿いただいた著者エッセイを紹介します。


心血を注いだ「令和の誘拐劇」

阿津川辰海

 三年の間、先達の偉業と、今自分が実現したいことを見つめ続けて、書き上げた作品が『録音された誘拐』です。

 まず、演説する悪党が好きです。伊坂いさか幸太郎こうたろう『陽気なギャングが地球を回す』の四人組の銀行強盗のうちの一人、響野きょうのは人質の前で演説をして時間を稼ぎます。道尾みちお秀介しゅうすけ『カエルの小指』では前作『カラスの親指』で詐欺師だった武沢たけざわが実演販売士に転身。都筑つづき道夫みちおの『紙の罠』『悪意銀行』では土方ひじかた近藤こんどうという冗談のような名前の悪党が持論を展開し、源流を辿たどればフランク・グルーバー『コルト拳銃の謎』に出てくるジョニーとサムのコンビがいて……。ハードボイルドな悪党も好きですが、語りすぎるほど語る、彼らのことが愛おしい。『録音された誘拐』ではそんな思いから「カミムラ」という悪党を書きました。お気に入りのキャラです。

 誘拐も、本格的に取り組みたかったテーマです。短編「第13号船室からの脱出」(『透明人間は密室に潜む』収録)でも挑みましたが、あれはからめ手のような使い方なので、犯人との攻防から身代金トリックまで満載した長編を書きたかった。天藤てんどうしんの『大誘拐』、土屋つちや隆夫たかおの『針の誘い』、法月のりづき綸太郎りんたろう『一の悲劇』、はらりょう『私が殺した少女』、最近では東川ひがしかわ篤哉とくや『もう誘拐なんてしない』、横山よこやま秀夫ひでお『64』など、創意工夫に溢れた誘拐ミステリーの世界に、現代ならではのトリックを投じてみたかったのです。

 先人への敬意を踏まえつつ、自分なりに挑戦した作です。三年分の心血を注いだ長編、お楽しみいただけますよう。

 この一ページに、十二冊もの書名が上がりましたが、このレベル―いや、それ以上の密度で、好きな作品を語りに語り尽くす『阿津川辰海読書日記 かくしてミステリー作家は語る《新鋭奮闘編》』という暑苦しい評論・エッセイ本も同時発売。新刊時評を中心に、危なっかしい筆致でミステリーの魅力の多面性に迫っていく、「新鋭奮闘」な一冊もぜひ。

《小説宝石 2022年10月号掲載》


▽『録音された誘拐』あらすじ

大野探偵事務所の所長・大野糺が誘拐された!? 耳が良いのがとりえの助手・山口美々香は様々な手掛かりから、微妙な違和感を聞き逃さず真実に迫るが、裏には15年前のある事件の影があった。誘拐犯VS.探偵たちの息詰まる攻防、二転三転する真相の行方は……。

▽著者プロフィール

阿津川辰海 あつかわ・たつみ
1994年、東京都生まれ。2017年、新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」から『名探偵は嘘をつかない』でデビュー。著書に『蒼海館の殺人』『入れ子細工の夜』など。


▽『小説宝石』新刊エッセイとは


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